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人生について考えることはありますか?持って生まれた自分の役割について考えることはありますか?それともただただ流されるままに生きていますか?

どんな人間にも、持って生まれた役割があります。その役割を果たしながら淡々と生きることが、人生だと思います。

昨日の呼吸講座で、余談として、いまみんな草取りに忙しいので〜というお話から、雑草として嫌われているであろう「スギナ」の話になりました。

人間が、勝手な都合で決めている「雑草」であるスギナだって、とっても重要な役割がありますよ。なぜなら、スギナは、酸性に傾く土壌を中和する役目があるのですから。

日本は、酸性の雨が降るのでどうしても土が酸性に傾きます。土壌の酸性を吸い取って中和する役目のある「スギナ」は、他の芽を抑えて、優勢になって、生えてくるんです。人間に嫌われていても彼らはその場で、淡々と役割を果たしているだけのこと。

スギナにだって、重要な役目があるのですから、どんな人間だって、役目があっておかしくありませんよね。例えが極端ですか?いえ、私はそんなことは無いと思います。

 

人間界はアベコベですから、例えば、TVに出ている芸能人や役人だけが役割があると思ったりしていませんか?カルマ的に言えば、芸能界は深い闇の過去性もありますし、批判になってしまいますが、全ての役人が、役人としての真っ当な役割を果たしているかどうかは疑問に感じます。

そんな目に見える、派手な役割なんてものは、魂レベルでいえば、どうでもよいレベルです。カルマの解消に過ぎません。

勘違いしてはいけません。派手な役割は必要ありません。私たちそれぞれが果たすべき役割は、自分自身を知って、主権を取り戻して自分軸で生きる。それだけでいいのです。

 

でも、そんなことは、学校でも殆どの家庭でも教わりません。いかに、周りに合わせるか、既存の社会のルールに沿って生きるか、自分らしさ?そんな金にならないものは必要ない。といった感じに。。。

 

自分らしさに、現代人が氣づくためには、眠っている、眠らされている魂や心を起こす必要があります。目を覚ます必要があります。私は目をみれば魂が眠っているかどうは分かりますが、この社会において、会う人会う人に向かって「眠ってますね?」などとは、私は言えませんし、聞かれてもいないのに、言う必要はないと思っているので黙っています。

目を覚ましたい人は、自ら禮楽氣療の門を叩いてくるのです。人にはそれぞれタイミングがあると思います。

 

あなたは、自分の人生を生きていますか?

他人の人生を生きていませんか?

第3チャクラが弱いと、主権を明け渡し、他人の人生を生きるようになります。親の敷いたレールが、必ずしも自分の人生とは限らないし、相手の男性、または女性が正しいとも限らない、周りが良いと思っていることを自分は嫌なのに、やってしまったりと、どんどん軸が弱くなります。

また、幼少期に形成されるはずの第3チャクラですが、その当時に寂しさやトラウマになるようなことがあると、チャクラは傷つき詰まり、大人になってもバランスを崩したままになります。

自分の意見を言えない、自分に自信がないなどの症状や、胃腸が弱くなったりもします。(他にも目に見える症状はたくさんあります。)

他人に褒められることや、他人に認められることだけに意識を置いていると、自分の心を忘れてしまいます。基準がいつも他人なのですから、それは当然のことです。自分の心を忘れてしまうと、目が眠っているようになるのです。起きてるけれど、眠っているのです。

でも眠りたくなる気持ちは、分かります。なぜなら眠っている世界で起きているのは、実はとても生きにくいものですから。ロボットのように、誰かが作った基準に従順に生きていると、その「誰か基準」を否定されると自分が無くなってしまいます。だから、起きている人間への攻撃が始まります。みんな自分が無くなるのが怖いのです。それがたとえ他人基準で生きている本当の自分ではないとしても、です。

 

また、その恐怖心(怒りも含む)に打ち勝つには、「無条件の愛」しかありません。無条件の愛はどこにあるのか?それは人間の領域ではなく、自然、宇宙、の領域にありますので、その自然や宇宙のエネルギーを人間界に降ろしてくると、その恐怖心を消し去ることが出来ます。

たとえば、ヒーラーとして役目を担った人の目指すところですが、直接や遠隔ヒーリングをすることだけではなく、ヒーラーが24時間そのエネルギーとひびき合いながら生きることでもそれが可能になります。(目を覚まして、常に本来の自分で生きると言うこと)そういった人間になれたら、生きているだけで、地域や社会を変えるエネルギーを自然と放出して、全てに癒しが起きてきます。

 

話は変わりますが、今、北海道は運動会シーズンですが、私は運動会が大嫌いでした。なぜなら、なぜ友人たちと競わなければいけないのか、意味が分からなかったわけです。勝った、負けた?勝ったから偉いの?負けたから悪いの?なぜ、そんなくだらないことで競う必要があるの?そうやって競争意識を持たせるのが、目的なのでしょうが、無邪気な子供心に、大人たちはなんて悪魔的なことを教え混むのだろう。。とその先の自分が出て行くであろう、大人の世界に地獄絵図を想像したものでした。そういった事がらからも自分の主権や軸はどんどん弱くなってしまうのです。

この社会はトラップだらけ?です。

でも否定だけをしていても始まらないので、トラップと知って、沿っていくだけでもまずは良いと思います。そのうち、そのトラップは、自分の心の反映だと言うことが見えてきますので。

そこまできたら、もうあと一歩。

 

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いんだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。(若い頃に、ヤダァ〜!って強く思ったら、その場所が火事になりました。4回目は全焼してしまいました...。)

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。(自分に言ってます、はい。)

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。

 

考えてみれば、この社会は、我慢や制限ばかり。

生まれた時は、「自由」で、「100%あるがままの姿」だったのに、家庭環境や学校や社会のルールを強制され、それができなければ、「駄目人間」のレッテルを貼られ、個性も無くなり、自分を見失っていく。

感じる右脳を抑えて、思考を働かせて左脳優先になっていき、生きていくには、自分の魂の表現を無視して、現状やこの社会のルールに従うしかないと思い込んでいく。

生まれた時は、「100%で自由であるがままの姿」だったのに。

 

とはいうものの。。。。

 

実は。。。(見方を変えると、)

生まれたその時から、自由を奪われ、制限から始まっているのです。

 

生まれる前、私たちが魂という、肉体のないエネルギーだった時、私たちは、本当の意味で、自由でした。愛と調和に包まれた、100%あるがままでした。

この地球という物質世界に降りてくると、肉体という物質に入るわけですから。そこでもうすでに制限がかけられます。

私が一度、臨死体験をして、至福の愛と自由を経験した後、肉体に戻された時、生きるというのは、なんて苦しいことで、狭くて暗いんだっ!!感じました。

この地球という星は、重力があり、また物質世界であるという時点で制限の星みたいなものだと思います。

違う星から来た私の魂は、重力のある地球に住む、人間という物質に入って、この地球でミッションをコンプリートさせるべく自ら選んで来た戦士みたいなものです。

魂の目的は、皆それぞれ違いますが、私の元で学びを進める方々は、きっと同じミッションを持っているのだと感じます。

もちろんそれぞれ、私も含め、自己の魂の成長とともに。

違う見方をすれば、この星は、監獄みたいな感じもします。足かせをつけられ、自由を奪われた中で、何をして生きていくのか、考えてみたら氣が遠くなりますが、でもそんな中だからこそ、学びは深められる、という考え方もありますね。

 

また、ひょっとすると、その「我慢や制限」を経験しにきたのかもしれません。3次元世界を興味本位で見にきた魂だっていますから。

 

このお話、今日はまた後で書きます。

自分が書こうと思ってたことが、途中から降臨系になってしまったので、本題からずれています。苦笑

午前の用事を済ませたら、また後ほど♫

 

みなさま、今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。

 

 

MukeshT / Pixabay

目の前のことに一喜一憂しない。動揺しない。そんな言葉を聞いたことはありますか?禮楽氣療講座の受講者には、口うるさく私は言います。もちろんレイキ法実践者もお勉強していますが、人によっては、「ことの重要さ」がテキストを読んだだけでは、腹落ちしないかもしれません。

ここで、なぜ目の前のこと、目の前の現実などに一喜一憂してはいけないかを説明してみたいと思います。

もう簡単に言ってしまえば、今起きている目の前の現実は、自分の過去の意識が引き寄せたもの(現実化)なので、「自分で引き起こしたものに、一喜一憂したり、驚く必要がない。」というわけなのですが、わかる人にはわかるこの、超シンプルな答えなのですが、

さて、どういうことなのか。

例えば、自分で転がしたボールが、目の前で転がっても、私たちは驚いたりしませんね。

なぜなら、自分で転がしたのが分かっているからです。

ある程度予測できるものは、人間は恐怖心を抱かずに、左脳が働き「理解」出来ます。あぁ、ボールを転がしたから、ボールが転がって来たんだね。など。

 

目の前の現実は、どのように起きるかというと、自分の意識が発端です。

人間は、意識が先にあり、その後に、行動や現実化が起きる生き物であるということ。これは過去、私のレイキセミナーでもお話してきてきたことです。(テキストには書いてなかったけど...)

 

ここで反論が聞こえそうですね。笑

「現実化??そんなことを考えたはずがない!」と?

 

「本当に?考えてませんでしたか?」この問いに、100%否定出来る人がどのくらいいるでしょうか?

人間の意識、いわゆる思考は、24時間動いています。しかもその思考の変化の速度は、光の17倍とも言われるほどに早いのです。その光速以上の思考をどれだけ把握しているでしょうか?

光速以上で、めまぐるしく変化する思考の中に、目の前の現実化と関係のある思考が含まれているのです。

誰のせいでもない。自分が目の前の現実を作っているわけです。これは紛れもない事実。

良い思考があれば、良い現実化が起きていくし、悪い思考があれば、悪い現実化が起きるだけの話。非常にシンプルな仕組みなのです。

ですので、私たち禮楽氣療実践者は、その思考を捉えることをとても大事にしています。ヴィパッサナー、マインドフルネスです。

「今ここに生きる」それは、自分の今の瞬間の動きや思考に氣づくことから始まります。

「ながら」では「今ここにいません」。TVを見ながら食事をする、新聞読みながら、今日の予定を考えている。仕事をしながら、夕飯のことを考える。など、忙しい現代人にありがちな生き方ですが、それでは全く「今を生きていない」状態。

それを続けていると、まず自分が見えなくなり、見失っていきます。「私は誰?私はどこへ向かっているの?何の為の人生?」そのような思考が生まれてくるのも仕方がありません、なぜなら、いつも「今」に「居ない」わけですから。

今ここに、いるということは、仕事をしているなら、仕事に集中すること。座っているなら、座っていることに氣づいていること。何もしていないなら、呼吸をしていることに氣づいていること。そういうことです。

 

すると、自分の思考がやっと見えてきます。光速で動く思考が少なくなって、頭の中で、あーだこーだと考えるおしゃべりみたいなものも止みます。光速が秒速に感じられて、そのうち鈍速になってくるのです。更に言えば、頭の中はいつも凪のような感じです。

そこまできたら、目の前の現実が、本当に分かりやすい。良いことも悪いことも、

「あぁ〜これ、あの時、私がそう思ったからね。。」と悪い現実なら頭ポリポリかきながら苦笑するでしょうし、良い現実でも大きく喜んだりすることもなく、やっぱり「あぁ、あの時、私がそう思ったことだ」とシンプルに受け取ります。

そこに、一喜一憂、動揺は存在しません。

「動揺しない」とは、喜びに悲しみにも大きく反応しない、ということです。動揺という漢字は、「動く、揺れる」と書きますから、動揺しない、というのは、常に真ん中にいる、凪でいる、中庸に、ということです。

 

意識、思考、というのは、言ってみれば「未来」なのです。

 

私たちは、いまここで起きていることを「現実」と呼び、その現実に生きながら、思考や意識という「未来」と共存しています。

自分の意識や思考が生み出した「未来」が、

自分の目の前の「現実」を作っています。

 

 

さて、あなたなら、どんな未来を生み出して、どんな現実を生きたいですか?

全てにおいて、自分に選択肢があります。

 

そんな生き方を手に入れたい方は、こちらへどうぞ。禮楽氣療本講座

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

そんなの誰もが知っているよ。的なことじゃなくて、いいですか、一般的なことは言いませんので、心の準備をお願いします。(笑)今日は、肉体労働の前に、文章降ろしていきますので、昨晩よりは滑舌が良いはずです。w

いろんな人が読んでくれているので、まずは一般論から始めますが、そう食べ物が身体を作るというのは、誰もが耳にしたことがあることだと思いますが、しかしそれは物質的なことのお話。

ビタミン、ミネラル、タンパク質、カロリー。などなど

それは、肉体レベルの世界に意識がある人には、必要なことですが、意識が肉体レベルより上にある人には、その先に進まなければいけませんね。

肉食?菜食?それも肉体レベルの話です。自分の意識が肉体レベルにある場合は、それは重要なことですが、そこには意識がもう無いようになってくると、食べ物の波動を見ていく必要があるし、肉(動物)であろうと、野菜であろうと、コンビニであろうと関係がなくなってきます。

これは、肉食が良いとか、コンビニ食が良いなんていうことではありませんが、このお話自体もいわゆる物質レベルの話では無いので、理解が難しいということもあるかもしれません。「お話」自体も自分の意識と同じものであれば、理解ができるものですから、理解は求めません。ただ、ここを今読んでいけば、勝手に意識が上がりますので、考える必要はありません。あとは寝て自動ダウンロードしてくれるのを待てば良いわけです。難しく考えないで、ただ読めば良いのですから、楽ですね。笑

 

世の中は、すべて「氣」で出来ています。「氣」を言い換えれば、「波動」「プラーナ」「エネルギー」などです。

ですから、私たちが口にするもの食べ物も結局は「氣」なのです。

植物、動物・肉なども、どんな風に育ったか、どんな風に育てられたかは、もちろん重要になってきますが、私たちは、自然動物では無いので、それをそのまま食べないんです。必ず、人が調理をするわけですね。

ですので、どんな人が調理するかが、最も重要です。

どんなにオーガニックでも、マクロビでも、無肥料無農薬でも、調理する人の心が、不浄や制限が詰まっていたり、不安や恐怖やイライラに囚われていてら、どんなに良い食材でも、食べて優しい食事にはなりません。

私なら、そのような食事をいただく位なら、コンビニおにぎりの方が「楽」です。(そこには「氣」が入ってない分、波動的に影響がイライラ食事より無いという意味で。)

また、「楽」と書いたことには意味があります。

人間は、元々が「バランス」で出来ていますので、そのように料理人が疲れていたり、イライラしていたりしての食事は、バランスが崩れていますので、それを取り込んだ瞬間に、食べた人はバランスを取り戻そう!として、自己エネルギーを消耗してしまいます。ですので、口、味覚は、「美味しい」ですが、身体と心のエネルギーは消耗してしまうのです。

そのような食べ物は、人を元気に出来るだろうか?

 

とあるお店の話。料理人がいつもアルバイトさんに怒っているのですが、それを私が食べたら、夜中寝ながら、ズ〜っと意味もなくイライラして何かに怒っていました。もちろん怒る対象が無いので意味不明ですが、夢うつつの中で、あ〜あの料理人の怒りが私の波動に影響を与えているのだわ。と

そんなわけないじゃ〜ん、っていう方もいると思うのですが、それは私が敏感だからそうなるだけさ〜??

いいんです。理解は求めません。(笑)それに氣づいて生きるかどうかは、人それぞれですが、私が言うその「料理人の波動」の影響は必ず起きるものですから。もちろん、オーガニックなどの良い食べ物を選択することも大事ですが、もしもそこに「これでなくてはダメ!」みたいな「制限」が入っていたら、アウトです。その制限は、人間の体にとって、農薬よりたちが悪い意識波動です。

あれダメ、これダメ、自分に制限ばかりかけていると、どんなに良い食べ物をとっていてもその意識が自分を病気にさせてしまいます。10年以上前に、マクロビ、マクロビ!って真剣になっていた方がたくさん病気になってしまったのを目撃して、なんで???って思っていたのですが、結局は意識なんです。

「意識」というのも、「氣」ですから、お忘れなく。

 

だからと言って、「じゃあなんでもいいじゃ〜ん!」それも違うので、勘違いしないでくださいね(笑)

「食べ物を知る」ことは大事なこと。どんな風に作られているんだろう??

そして、どんな食べ物も、良いものに変えるために、自身の浄化と波動を磨くこと。自己浄化と自分の波動を磨きたい人は、それは私の専門ですから、相談してください。その方の波動を見て、レベルにあったお勉強方法をお伝えしています。

 

話を食べ物の話に戻して、「たくさん噛みなさい。」「一口30回噛みなさい」って確か小学校の時に習いましたよね。

確かに、咀嚼が足りないと本当に良くない。唾液も出ない。(唾液が出るのは若さの秘訣でもあります。)

「噛む」ことの語源は「カム」、「カミ」、「神」です。食べて、噛むことで、自分の中にある神性と響きあう、自然の恵みに感謝をする、などなど、そのような意味がありますが、ただ噛めばいいのか??という話でもありません。

 

現代人は、噛まない人が多い。とはよく言われますが、

その根本原因を見れば、理由が見えてきます。

本来、食べ物は、自然が無限に与えてくれる恵みであり、神様の贈り物とも言えるものですが、現代人が食べているもの、そのものがその贈り物とは程遠いわけですから、私たちは、そんな愛のないものを「噛み」たく無いわけです。「噛み・カミ・神」だと無意識でも感じていないものを、「噛め」と言われても、無意識に反応するわけです。噛まずに飲んじゃえっててね。

現代人が食べているものは、野菜も農薬たくさん、遺伝子組み換え、動物も抗生物質などの薬ずけ、添加物や加工品、見渡すとそのようなものが沢山ありますし、料理する人もストレスやイライラしていたり?

そのようなものを噛みしめたい〜♪って想う人は多分いませんよね。現代人が噛まないのは、そういったことに対する無意識の身体の反応です。

愛のない噛めない(神の無い)食物を出して、「噛め・噛め・噛めが足りん!」って、言われたら、子供も大人も拷問みたいなものでしょう。噛めない理由が根本にあるのです。「氣」を見ずにして何をみる?

 

大切に育てられて、良い料理人に作ってもらった食事は、カミたくなりますから、試してみて欲しいです。

ピースガーデンでは、そういったことをスタッフは耳にタコが出来るほど聞いていますので(笑)私たちが提供するパンは、噛みしめたいパンを目指しています。だから、「噛み」たいパンなんです。

そろそろお昼ですね。カミパンいただきます!

今日は、こんな感じで、文章降臨おしまい。笑・ありがとうございました。

 

みなさま、素敵な1日をお過ごしくださいませ♫

 

 

第1チャクラは、植物で言えば「根」の部分です。「根」がしっかりとしていない植物は、脆い。風が吹けば直ぐに倒れる。

根がしっかりとしていれば、養分もしっかり吸い上げられる、蓄えられる。大地と繋がっているから、安心、安全、活力あるし、健康、行動力もある。

人間も植物も、おんなじ、おんなじ。全て当てはまります。

禮楽氣療講座でもチャクラについてお勉強しますが、、ということは、自分のチャクラの状態も知ることになります。(笑)笑うと書いたのは、現代人のほとんどが、自分の第1チャクラの弱さにショックを受けるから。。。苦笑

もちろん、そんな私だって、過去にショックを受けた一人なのです!

スピリチュアルに興味を持つ、その殆どの方が、第1、いえ、2、3も弱い傾向があります。

スピリチュアルには、いろんな意味があり、不思議系のことも精神性のことも含めてそう呼びますが、それらほぼ、第4チャクラ以上の範囲にあります。

 

第1,2,3チャクラは、いわゆる現実世界や物質世界と共鳴する範囲にありますが、物質ですから、この肉体も物質の範囲にありますので、身体を使うこともチャクラは1,2,3が大いに関係があります。

 

そして氣をつけたいのは、哲学的、思考過多、悩むこと、なども身体は使いませんし、また、ヒーリング、レイキ、瞑想、なども身体を使わないので、それだけだと、バランスがどんどん崩れていく可能性があります。

この3次元の現実で肉体で生きている以上は、下から3つのチャクラを活性化して、その上で、第4チャクラ以上も活性化するのが一番バランスが取れる方法です。

また、第1,2,3チャクラは、物質世界ですから、お金というのも大いに関係のあるお話です。

 

とここまで書いたのですが、

今日は、薪割りとか草刈りとかその他諸々外作業で、肉体メインで1日を過ごしていたので、文章も降りてきませんね。滑舌悪い感じです。笑

ブログなどの文章を書くときは、第7チャクラをパカっと開けて置く必要があるので、肉体労働した後には、なんだか閃きが降りてきませんね〜。苦笑

今日はお風呂に入って寝ることにします。笑!

バランスバランス。

 

またね♪

 

 

ピースガーデン
ピースガーデン

先週は、ピースガーデンでの、1週間のプチ移住体験がありました♪

薪割り体験、畑体験、アメちゃんの散歩に行ったり、BBQあり、料理作ったり、パン教室も開催!と盛りだくさんなピースガーデンでの移住体験の1週間でした。

楽しい時間はあっという間で、3日しか経っていないような氣もするね??と言いなが氣づけば、もう1週間後の帰る日。早いなぁ〜。後半はお天気にも恵まれて、畑仕事も捗りました。(今回は、開墾作業でしたが。笑)

前回のアルクトゥールスの記事から随分と時間が経っていて、まるで宇宙時間を彷徨っていたかのようです。苦笑

浦島太郎の話は、あれはまさに宇宙時間から、地球時間に戻ってきた時のお話ですね。

DIY 壁

実は、今回毎度のことですが、バタバタとやることに追われる中での来客でした。musuhiの方に泊まっていただくことになっていたのですが、まぁ〜そちらがまだ手を付けられていなくて、急遽、ピースガーデンの某所に壁とドアを作って、スタッフ部屋を作りました。写真は、牢屋じゃないよ。(笑)このあと、石膏ボードを打ち付けたりして、完成したのですが、そのまま入居となりましたので、完成写真撮る時間がなかったのです。移住者が来る当日完成。始めたのは前の日の午後。また降臨系でのお志事でした。石膏ボードだけは購入しましたが、やっぱり敷地内の廃材で作っておりますので、制作費は2000円くらい。

1Fの個室部屋は、昨年ゲストが泊まっていました。今年も長期滞在したい方はいるかな?(その方は、めでたく今年、中富良野住民になりましたね!)

何気に、中富良野町の人口増加に貢献している私たちなのですね。笑

みんなで撮った写真は、また改めて♪

 

私は、身体を使ったら、今度はまた数字と向き合っております。バランス良いね?笑

薪割りだって、春から準備ですから♪

夜な夜なキッチン
夜な夜なキッチン

 

写真は、musuhiでの夜ご飯のメニュー開発。

まだまだ、片付けもあるし、色々まだだけど、気持ち先行しております!!!

 

 

 

geralt / Pixabay

今日はちょっと、この世では不思議話。でも、実は、現実話なんですよ。笑

その前に、読んでくれている方の中に、不思議話慣れしてない方もいるかもしれませんので、ちょっとだけ補足。

私達が生きているこの現実は、物質がある3次元といいます。はい、肉体も物質ですね。意識の世界や、霊の世界などを4次元と言い、その次元は5、6次元〜と上がっていきます。現代科学でも6次元の世界を証明出来ているとのことです。

みんな、子供の頃に思いませんでしたか?

「自分ってどこから来たの?」「死んだらどこへ行くの?」と。

ちゃんと行くところがあります。ただ、3次元的に肉体がどこかへトリップするわけではありません。肉体は3次元に置いて、意識の世界へ旅立つのです。

ちょっとだけ前置きをしておきました。もっと詳しくお話することもできますが、この記事が終わってしまいますので、ひとまず次へ行きますね。^^

 

さて、皆様、満月はどのように過ごされましたか?

私は、正確にいうと満月の前日の朝でしたが、とある星から、宇宙船がやって来ていました。宇宙からの使者は、3次元に生きていませんので、肉眼では見えません。(彼らが意図的に見せることはできます。)

ですので、5次元以上のお話です。(一般的に4次元は人間界に近く、意識や念、いわゆる想念であるオバケ現象もここに入ります)

また、寝ているときに見る夢は、4次元、5次元以上の世界と繋がるツールということも覚えておいてくださいね。

 

その宇宙船は、とても大きくて、なんだかゴツゴツした岩のような形状でした。彼らは、ピースガーデンの東側のテラス側に、物凄い風と共に近づいて来ました。

彼らは、どうも私を迎えに来たようでした。

でも私は、「まだ少し早いから、今は一緒には行けない。」とテレパシーで伝えました。すると、彼らは普通に了承してくれて、では「また来ます」「いつでも呼んで欲しい」そう私にテレパシーで伝えて去って行きました。

そのゴツゴツした隕石みたいなUFOは、また東の空に小さくなって消えて行きました。仲間が去って行って寂しいような、「私ミッションコンプリートまだしてないから、もう少し頑張ります!」的な気持ちやら(笑)、なんだか複雑な気持ちになりました。

その宇宙船で彼らと一緒に行くということは、この3次元では死を意味することですから、3次元には悲しみが訪れ、5次元では祝福が待っています。この世はアベコベなんです。

次の日(満月)、ふと「あぁ〜また地球に残っちゃったなぁ」「今度はいつ迎えにくるかなぁ? 」なんて思いにふけっていて、そういえば、”なんていう星からきたんだろう?”という疑問が湧きました。彼らが来た時、「YO、久しぶり!」みたいなあまりにも普通な感覚で驚きもなかったから、疑問にも思わなかったけれど。

そこで、意識を5次元に合わせて聞いてみました。

「彼らはどこから迎えに来たの?」

すると返って来た言葉で、私の心に響いたのは、「アルクトゥール」。

 

「アルクトゥール」??

 

聞いたことがあるような、無いような??

 

そんな星があるのか調べてみることに。するとありました。

「アルクトゥールス」「アルクトゥルス」

彼らの言葉はテレパシーなので、3次元の言葉にするには、いろいろ無理があるので、発音は人によっていろいろだと思いますので、どれも正しいと思います。

 

そして、アルクトゥールス星人の特徴。

臨死体験や幽体離脱などを経験した時、第一チャクラを強打した時などに、ウォークインされる(魂が入り込む)。ってありました。まさに私の経験と同じ。14歳の時に一度臨死体験をしています。そこからこの3次元での生きる意味を模索してきて、答えを見つけて今があります。

臨死体験をしたその年は、いろいろあって、自転車に乗っていたら下り坂で電柱に激突して、マウンテンバイクのハンドルの下の真ん中に、お股を強打して(笑)倒れて気絶。。背中にあたるゴツゴツした砂利が痛くて目が覚めたというオチ。

臨死体験中も私は蝶々になってふわりふわりと至福の愛の中を飛び、自転車でお股を撃った時も青あざがお股に蝶々の様に広がったっけ!。しかも色鮮やかな大きな蝶々!爆笑

さらに、その頃に誰に教わったわけでもなく「宇宙瞑想」を始めています。これは今、「禮楽気療講座」でも教えていますね。

 

今回、ちょっとミヒャエルエンデの「モモ」でいう灰色の服を来た時間泥棒さんに、押され気味だったので、私が諦めたのかと思って彼らが迎えに来たのでしょうか?(笑)または、自分の使命を忘れないでと応援しに来てくれたのでしょうか?本当のところはわかりませんが、私はまだ行かない。と伝えました。思えば、14歳の時に死にかけた時は、「まだ早いんじゃない?」その声に私はこの世に引き戻されました。それから、何度も3次元を卒業したくなったり、自暴自棄になって卒業しようとしても「まだ、まだ」と私にミッションを思い出させようとしてくれています。

二十代後半、いよいよ観念して、自暴自棄になるのをやめて、自分の使命を全うする決意をしたわけですが、なんですかね、この3次元っていうのは厳しいですよね。苦笑

そういえば、たまに挫けそうになると必ず現れる彼らの存在。

いつも上から見られています。これは小さい頃から思っていたし、自分は本当に地球人と相性が悪い、、なんて思っていた頃もあります。すぐに意識の世界に飛んでしまう子供だったし。。(苦笑)

宇宙時間(短い)と、地球時間(長い)は、違いますが、次に迎えにくる時期(地球時間)が、私にはなんとなく分かっています。(言葉に出すと人の意識エネルギーが入ってくるのでしません。心の中にしまってあります。)そんなに長くはありませんのでね、残された残りの〇〇年を精一杯頑張ろうと思ったのでした。

 

みなさま、素敵な1日を♫

 

注:この記事には、次元上昇スクリプトが入っています。自己波動を上げたい人は何度も読んで見てね。そしてどっぷり3次元に浸かった人間界の意識を上昇させたいので、ぜひシェアしてください。アルクトゥルス波動のスクリプトが無意識に働きかけます。

 

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リンク:アルクトゥールス星人の特徴(興味のある方はどうぞ)