ラットレースの中の幸せ

本題に入る前に、質問してみますね。

あなたにとっての「幸せ」ってなんですか?

十人十色、いろんな答えがあって良いと思うから、どれが正解ってこともないでしょう。

ただ、それは本当に幸せなの?という疑問は持っても良いと思う。

例えば、この国で言われている幸せって、昭和の時代は、持ち家と車、贅沢な暮らしだったはず。でもそれって、資本主義、消費社会が作り出した、まやかしの幸せであって、植え付けられたものだということには氣づかなくてはいけないと思う。

それを持てば幸せになれると信じて、持ち家や車の為にローンを組んで、日々ストレスまみれで働いて、子供を育てることも誰かに任せて、子どもたちが傷ついても、相手をする余裕もない。世代間交流、コミュニケーションを失っていく人々。心はどこへ行った?

だって、ローンを返さないといけないから。仕事が大事。家と車と贅沢な暮らしや贅沢な旅行の為に働いているんでしょ!!

ねぇ、だからさ、

それのどこが幸せなのよ?

昭和の時代が終わって平成になって、令和になりました。

その消費社会に植え付けらた「幸せ」がまやかしだってこと、社会的な意識はどのくらい変化したのだろうか?

まだまだそのまやかしの世界に生きている人が殆ど、なのでしょうか。

ビジネスのことだけ考えれば、その90%の層へ向けてターゲットを絞れば良いので、やり方によってはまだまだお金儲けは出来るとは思います。

でもなんだか虚しい。ワクワクしない。

お金がいっぱいあってもいいけど、なんか虚しい。

私の生きている層は、その他10%以下の一般的な社会からみたら、きっと変わった人たち。(笑)

でもここには、心豊かな幸せがある。心が満たされているから、渇望が生まれず、何を求めるわけでもないので、ストレスもわかない。今この瞬間に「氣づく」その繰り返しの日々。平穏で心豊かな幸せな時間がただただ流れています。その流れの中で、向こうからやってくる出来事に精一杯自分の役割を果たしている。その繰り返し、感謝し、感謝され、その流れの中で、必要な物や人やお金もやってくる。

これが私達の日常。

この流れを真逆にして、お金を優先にすれば、「幸せ」が手に入るんだと思わされているのが、この社会の「幸せ感」「まやかしの幸せ」です。でも手に入るのは、無くなることへの不安、うまく行かないことへの怒り、満足できない事への不満、奪い合いからの争い、など。そしてそれらからくるストレス、不健康、自分で考える力と感情や心が無くなり、人を羨む。そんなまやかしの幸せです。

言い過ぎですかね?(笑)

自分もまやかしの幸せの世界に生まれてますので、「まやかしの幸せ」経験者です。でもこの世はおかしい!なんだか変だ!周りの大人たちは何も氣づいていない!盲目のようだ!という子供時代の疑問を大人になっても持ち続けてきましたから、「今」があります。

ラットレースのような世界。

ゴールがあると思って走り続ければ、いつまで経っても苦しいばかり。

ゴールなんて無い。その一歩一歩がもうすでにゴールなんだってことに気づいた人が、本当の意味でラットレースを抜け出すことができます。

必要なのは、氣づき、意識の変換です。

そんな意識の変換をしたい人の為に、禮楽氣療講座を役立ててください。宇宙のエネルギーと一体化することとは、ただヒーリングが出来るようになるだけではありません。本当の目的は本来の自分に戻る=宇宙エネルギーと一体化する。になりますが、たくさんの意識の変換が起きると思います。

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波動みがきを習慣にする

日々、呼吸法、瞑想法、マインドフルネス、内観、セルフヒーリグからいろんな事を日常に活かしましょう。とお伝えしています。

これらは私の言う、いわゆる修行なのですが、日常の中で、生活の中に取り込んでしまいましょう。とうるさいほどに?言います。

これらは、いわゆる歯磨きと同じ。

みんなも小さい頃、歯磨きって、多分キライだったと思います。でも歯磨きしなさい!って毎日毎晩うるさく言われて、いやいやでもやってきたから、今、歯が丈夫でしょう?

はじめは、嫌々、渋々、氣づけば習慣化していったと思います。

そうしたら、ほら!

もしも今、3日歯磨きできない状況、するな!と言われたら、

どう??(想像してみて)

おえー、そんな汚いの耐えられないーーーー!!

ってなるでしょう?

それと同じです。

呼吸法、瞑想法、マインドフルネス、内観、セルフヒーリグからいろんな事を日常に活かしましょう

これは、歯磨きと同じ。波動磨きです。

これは現代レイキをお伝えしていた頃から酸っぱく言ってきて、土居先生もそれいいですね!使わせて♫って言ってた。笑

今の現代レイキの生徒さんにも、波動磨きの大事さ、意味などが、伝わっているといいけど。

目には見えない波動ですが、毎日やらないのは、毎日歯磨きしない人と同じくらい、波動が汚れています。

私は波動が見える人なので、その汚れが凄くよく見えてします。

でも会った人に、あなた歯磨きしてないでしょう?口臭いよ。とか言えないのと同じように、あなた波動磨きサボっているでしょう?波動汚いよ。とは言えないものです。苦笑

でも同じ修行者には、遠慮なく言います。笑(必要なタイミングで)

だって、同じ場所を目指してキレイな波動になりたくてお勉強しているのですから、親が歯磨きしなさい!と口うるさく言う気持ちと同じです。

歯、ボロボロになっていいの?? 口腐っていいのかぃ?ってね。笑

だから、はじめは嫌々でも、それが習慣化して、歯がいつもキレイになったときと同じように、波動がキレイになったことも自分でわかるようになる。

成長し、過去を振り返って、自分がどれだけ汚かったかを思い出したら、めっちゃ恥ずかしいーってくらいキレイになればいい。笑

私だって、過去を振りかえってめちゃ恥ずかしいーよくあんなんで生きてたわ。と。究極の人生だから、波動磨きしてなかったら生きてた自信ないもの。

そう、習慣、デフォルトになるまでは、いやいやでも真剣に取り組み、習慣化すれば、それが当たり前になる。

そうなるまでの努力は、自己肯定感にも繋がり、良い意味での自分の自信にも繋がるもの。

未来の自分は、今にあります。

進化していなければ、退化しかありません。

今日も今この瞬間に集中して、良い一日を過ごしていきましょう!

波動は、自分から汚すものもあれば、人や環境から汚れてしまうものも多いのです。

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左脳から右脳へ

さぁ!今日は禮楽氣療講座のプライベートレッスン日!プライベートレッスンでは、講座を4回に分けてマンツーマンでの濃い時間となります。今日も楽しみですね。

中富良野は、昨日から湿度が上がっていますが、お天氣はとても良い感じです。そんな時こそ身体を動かしたくなるのですが、ここ数日缶詰状態で書類と向き合っております。

苦手だと思うから時間がかかるのでしょうから、思わないようにしているのですが(笑)、右脳から左脳に切り替わるのには、時間がかかりますねー。

書類や計算は、左脳のお仕事ですから。。普段感覚で、自然の流れを感じて共鳴しながら生きる、なんて言ってますから、こんな時が一番大変。あー身体動かしてるほうが楽だわーなんて思ってしまいます。。苦笑(感情や感覚は右脳ね。)

面白いことに、例えば貸借対照表をみて。

数字だらけの心ない書類は、いくら見ていても頭に入ってこない。数字は読める、追える。

でもそこに、線を入れたり、矢印を書いたり、丸をつけたりすると、一気に頭に入ってくる感じがよくわかります。

お国に提出する書類はそんなの書き込めませんが。。(鉛筆でうすーくやるけど。あとで消すから許してー。苦笑)

感覚人間の特徴ですね。逆の方はそんな線が入ったら、数字が見えづらい!とイライラするのかも?笑

だから今日は、講座の日だから、右脳をいっぱい使える日!!

うれしい。笑

事務員にはなれないわたしです。。。苦笑

いつも助けてくれる商工会のUさん、ありがとうございます。来週突撃しますね。笑

あれ、今日は「浄化の人」とテーマを書いたのに、全然違う話になってしまった。笑)次回に〜!

龍の舞う中富良野町

ピースガーデンは中富良野町の国道のある町中から東の山の方へ車で走ること15分ほど。農村地帯、周りが畑や水田に囲まれた穏やかな場所にあります。

ん?そういえば、此処って穏やかだろうか?(ふと疑問に思った。)

男性性の強いクニトコタチノミコトの鎮座する芦別岳と女性性の強いアイヌ語でカムイミンタラ、神々の庭を意味する大雪山の合間にあり、その間を風が強く吹き抜けます(特に南の芦別岳方面から)。いや、その風の強さは半端ないんです!立ってるのもやっと!みたいな時も結構ありますからね。それが冬になると雪がセットですので、吹き溜まりやホワイトアウトのメッカです。(これからその季節に近づきますね。苦笑)

いや、本当に試される大地。自然と同調しないと生きていけません。冬は特に。

余談ですが、例えば、移住者の多い東川町は大雪山の麓にあり、女性性の強い氣の流れる地域だと感じます。都会に疲れた人には癒やされる場所なのだと思います。

中富良野町はその両方の山々から流れる氣によって、男性性と女性性の両方のエネルギーが存在し、土地に水分を多くもつ泥炭地であることから、電磁波やプラスイオンが自然に大地に溶け込み、この地に住む人々や訪れる人々のの浄化を助け穏やかさと優しさをもたらせてくれるのだと思います。

また、神社仏閣のある地にも氣の特徴がありますね、伊勢神宮は女性性のエネルギーが強く、高野山は男性性のエネルギーが強いと感じました。どちらが良い、ではなく、どちらが今の自分に合っているか、必要としているかでその違いを活かしていくとよいでしょう。

そういった地形から見る氣、その昔日本人は山脈を流れる風や氣を「龍」と見ていたと聞いています。干支には12の動物。一つだけこの世の生き物じゃないものがいますね。

「辰」。蛇と来て、龍。私も辰年でした。(だから変わり者?笑)

そんな龍神が舞う中富良野の農村地帯。

人がその場所に住むには、それ相応のエネルギーが必要になります。風が強いということは、「風」がハートチャクラに当てはまりますので、龍の愛、ということは無条件の愛ではありますが、少し特徴的でもあります。例えていうならば母の愛というよりは、父の愛でしょうね。愛ある強さ、ときに厳しいがいつも大きな愛で見守ってくれるような優しいエネルギー。そんなエネルギーと同調する必要があります。

同調するというのは、その恩寵を受けながらも同じ様なエネルギーを持つ人間になるということです。

そのエネルギーの中に生きるというのは、水に例えたらわかりやすいでしょうか?

海の水の中では、淡水魚は生きられない。(その逆も)

これと同じことが、目に見えないエネルギーの中で起きます。でもエネルギーのことですから、自分自身を変化させる事ことができます。一生淡水魚のままでもいいし、海水魚になることも可能なのです。

ただ、淡水魚から海水魚になるような変化は、とても厳しいものになるかもしれませんが。苦笑

時々、この地帯に住む方々との交流の場に、私達も呼んでいただけるので時間がある限り参加させてもらっていますが、皆さん、穏やかで、芯が強く、とても優しい人たちで、この地に長年住んでいる方らしく、みなさんとても素敵で生き様とかかっこいい!!みなさん農業に忙しいはずなのに、新参者の私達にまでいつも良くしてもらって、本当に感謝しています。そんなみなさんのお陰で、私も淡水魚から海水魚になれたかもしれません。笑

北海道はよく試される大地。って言われます。都会からの移住者も多いのですが、その自然のエネルギーに圧倒されてなのか?帰ってしまう人も結構いるようです。夏しか来たことがなければ、仕方ないかもしれない。

冬がさ、それがさ、試されるわけよ。笑

まず寒い。マイナス22度以下になるときだってある。想像できない寒さだと思います。家の中は温かいし、あたり一面「白」しかなくてもそれが当たり前で育った私達道民は氣にしてないけどね。

行動も制限され、吹雪の日は家から出れないこともある。だから当然、その天候によって自分の用事を合わせる。自然の摂理に合わせるには最適かもですけど。笑

でも思い起こせば、私がこの地に住むようになってから、そうするしか方法がない!というほどに無理やり、基準が自然や天候になりました。(笑)

なるほど!!自然の中で生きるってこういうことか!っと、半ば強制的に宇宙(自然)エネルギーと同調させてもらって今ではすっかり定着しました。

自然ってすごいね、お陰様に感謝です。

さて、そんな試される大地、そして龍神の舞う厳しさと愛の中富良野の農村地帯にあるピースガーデン。

今日はどんなお試しが目の前に現れるでしょうか?

お試しを楽しめるようになれば、もうあなたは本物です。笑

みなさま、良い週末をお過ごしくださいませ☆

テレパシーを使う

いわゆる不思議系の話は私達にとっては日常になってしまっているので、テレパシーを使うなんて言うとおかしな人たちと思われそうですが。笑

エネルギーの強い人と一緒にいると、移るもので、ピースガーデンのメンバーも特殊能力(笑?)が開花していっているようです。

そりゃー一緒にいれば仕方ないよね。しかも修行者ですから。笑

とはいえ、特殊能力は、修行の目的ではなくて、単なるおまけにすぎませんよ。そんなの身につけたって心の器がしっかりしてないと頭がおかしくなるだけですから。第6チャクラだけが発達してもあまりこの世では意味をなしません。ただただこの社会で生きにくくなるだけ。その力をこの3次元、この社会で冷静に活かすことが出来るようになればそれは素晴らしいギフトとなるでしょう。

エネルギーが強い人と一緒にいると移るというのは、例えば文句ばっかり言っているような人や怒りの強い人、疲れている人と一緒に居ても移りますし、元気で、日々穏やかで幸せな人と一緒にいても移るものです。

不思議な話ではありませんね。たとえば重く悩んでいる友人から電話やメールが来たりお話をしていると、自分まで重く暗くなって、なんだか疲れたなぁっていう経験ないですか?

または、誰々に会って元氣にもらった!そんな経験ありますよね?

それがエネルギーが移る、ということです。(交流。共鳴)

人と人が会話などをすると、距離は関係ありません、電話でもメールでも繋がると、エネルギーが交流、交わるのです。

そして、強い方のエネルギーに流されていきます。大体は重苦しさのエネルギーの方が強いことが多いので、その会話を続ければ続けるほど自分もそうなっていくのですね。

ね、エネルギーの話は日常で起きているでしょう?ただ、それを意識してないだけだったり、知識不足、自覚の無さを鈍感と片付けてしまっているだけの話で、どんな人もエネルギーの中に生きています。

重苦しさのエネルギーは陰陽でいうと、陰のエネルギーです。それを和らげるには、陽のエネルギーが必要になってきます。

相手の陰のエネルギーより、自分の陽のエネルギーを強くして交われば、自分が落ちずに相手を引き上げます。私の本業である「氣」のお仕事がこれにあたります。

そのことを相手に押し付けることなく、エネルギーの自然交流を利用して、相手にそっと陽のエネルギーで返すと、相手のエネルギーの質が陰から陽に変わります。

人は自己のエネルギー状態で思いや思考が変わりますので、陰のときのネガティブ思考が、陽に変わると内側からポジティブな思考が湧いてきます。

カウンセリングでも相手にこうして、ああして、と言葉で伝えても効果半分。自分の内側から湧いてきたものを自分の心の声として捉えたとき効果100%

もちろん、その相手の湧いた思考が陽のエネルギーが流れてきたからとは普通はわかりませんので、私達は常に見えない場所からのサポート。目に見える何かをしたり、差し上げたりしたわけではないので、良くなった理由は本人は分からないこともあるでしょう。

でもそこは相手が良くなっていく姿を心から喜ぶ事が出来るか、自己の行いをお金と結び付けずに無償の愛を育てられるか、そのあたりは、私達の心の修行となります。だから、私たちの方が感謝をする瞬間です。私だってまだまだ修行の身でございます。

そんな効果100を目指すには、日常での努力精進は必須ですね。

さて、エネルギーは意図したところへ流れていきます。相手が氣づけば(会話やメールなど)エネルギーの交流が始まります。

例えば、よくお話を聞きます。このブログを読んでくれている方から、「読んでいるだけで氣が楽になった」とブログを書きはじめて10年以上経ちますが、お会いしたことの無い方から生徒さんまで、メールをいただいたりしています。

そう、このブログを読むだけでもエネルギーが繋がりますので、上記のような事が起きるのですね。私のブログに限ったことじゃないですよ。どんなブログでもです。これはまた皆さんに話しかけるように書いている事が多いので余計そうなっていくのかもしれませんね。

だから、そんなお礼の言葉をもらうと、時々更新不足になってしまう自分を反省して、遠くて近いどこかでこの記事で元氣になってくれる方がいるんだから、まめに更新しよう!と奮起します。笑

読者のみなさん、いつもありがとうございます。

書き始めると、読者の方と繋がるので、その方が現在問題としている思考のエネルギーが私と繋がります。それを記事にすることもあるので、読者の方は、内容を読んで、これ今私が必要な答えだった!なんて感じることもあると思います。

だれの思考エネルギーかまでは、今の私には会ったことのある人しかわかりませんので、お会いしたことの無い方、安心してください。大丈夫!思考に入り込んだりはしてないですよ。笑

そう、思考をキャッチして、会話するのが、テレパシーですね。

時々、わけちゃんとのテレパシーが面白くて、

こんな感じのことが結構日常。

みんなで一緒にごはんを食べる。

みんな「おいしいねー」

みんな「そうだねー」

無言の時間。。。もぐもぐタイム

私「はい。飲みたいです。」

みんな「????何が???何を???」

わけちゃん「コーヒ飲みますかって頭で考えてたけど、その答え?」

私「そう。」

こんな感じの日々です。

ヴィパッサナーやマインドフルネス、呼吸で自分を見るようになれば、自分の頭の中の思考が止みます。そして今までどれほど人の思考が自分の頭に入って来てたのがわかるようになります。更に、その思考が自分のものではないこともわかれば、それがだれの思考がわかるようになる。

だから、その無言の時間に、私の中に入ってきたわけちゃんの思考に、そのまま返答したのでした。笑

こんな日常、やな人にはやだね、。笑

頭の中、全部読まれちゃうんだもの。隠し通せない世の中はうちではそんなところまできてます。笑

だから嘘はつけません。笑

ちょっと、休憩。(朝ミーティングに行ってきます。)

(追記)ただいま戻りました。

でも確実な事は、テレパシーはみんなやっている。ということ。その思考や意識のエネルギーが自分の頭に中にすでに入っていることに氣づけるようになれば、テレパシーを「使う」事が出来るようにもなります。

不思議なことなんて一つもない。(修行勉強たのしい!笑)

私は、不思議だなぁって事を「使いたい派」。

幼い頃から敏感体質で、意味もわからずそのエネルギーに翻弄されて本当に生きにくかったから、今はその理由や使い方が分かってきて、今まで見えなかった世界が見えるようになって、本当に生きやすくなりました。自分がおかしい人じゃなかった!って思えたし。笑

なので今は、同じように生きにくさを抱えてる人に伝えて行けたらいいなと思っている。それも禮楽の講座を作った理由の一つ。

無意識で言葉や思考で世界を汚して、自分を汚して家族を汚している。それが現代社会で起きてる。自分が盗みや犯罪を起こさなくても、犯罪が起きるその基礎のエネルギーを作っているのが自分たちだってことを知らないといけない。

自分の思考や言葉や行動が、どれだけ世界へ影響を与えているのか、小さなものなんてありません。自分だけは大丈夫、なんて通用しないのがエネルギーの世界です。

世界は、人は、地球は、幸せが当たり前。

それを取り戻したい。

「生きる」ことには「自分らしく生きる責任」がある。

それをともに学ぼう!というのが禮楽氣療講座でもあります。

今日も自分に正直に、心豊かに、楽しい一日でありますように♫

鏡の法則と感謝で魔法を使う方法

9月に入って、北海道は湿度のない過ごしやすい季節となりました。残暑と呼べるほどの夏はもう終わったと思いますので、朝晩はすっかり肌寒くなっています。

さて、今日は鏡の法則、感謝の魔法のお話。

私達は、自分の姿を自分で見ることができません。鏡に映せばその全貌が見えますが、そこに映るのは逆の私。写真でみるのと、この目で見るのはやはり違いますので、うむ、

結局、自分ってどんな人なんだろう?

その真実は、一生わかりませんね。笑(死んだら肉体も卒業ですから、この世には興味もなくなるでしょう。)

別段、宗教の話をしようっていうのではないのですが、神も自分の姿を見たいが見れない為に、人間を作った、そんな話もありますね。

では、私達はどうやって自分を見ることが出来るでしょうか?

もうおわかりの方も多いとは思いますが、人、目の前の相手をみて、学ぶしかありません。そこには鏡の法則、または陰陽の法則が働きますので、それを理解しながら、相手に映る自分の足りない部分や学ぶ必要がある部分を見出して、成長に繋げていく。これしかありません。

そして、その学ぶべき相手というのが、これが面白いことに、自分をイライラさせる相手、怒ったりする相手、ムカつく相手で有ることが多いのです。

だから、大抵の人はその相手に、こう思います

「なんで、あの人、こうなのよ!!ほんと信じられない!!」

でも私達はそうは思いません。

そのイライラさせる相手から、何を学べるだろうか?と怒りのエネルギーをただ相手に向けるのではなく、内観し自己の学びと成長に使うのです。

あなたの周りにもいませんか?

「ほんと、あの人なら、ムカつくわ」って人(笑)

その人の事が嫌で氣になってしかたない!ムカついて頭から離れない!

あらら、でもその人って、本当ーに、あなた心の成長、魂の学びに、大事ーな鍵を持っている相手ですよ。笑

誰も認めたくはないでしょうけれど(笑)

相手があって、自分を知ることが出来る。そしてこの世に無駄な人間なんて1人もいない。何かしらのテーマや目的を持って地球に生まれて来ています。ここでいえば、そのムカつく相手は、あなたの学びの為に存在してくれているのです。そんな役目ですよ、自分の為に悪役を演じてくれているなんて。

だから、感謝をしてみます。魂の成長の為に、目の前に現れてくれてどうもありがとう。

するとどうでしょう?

それまで、ムカつくと言い続けていたときは、相手と共鳴、同調してしまって、おまけに文句言ってるので、波動がめちゃくちゃ下がっています。波動が下がった状態では、ネガティブで低レベルな思考しか浮かびません。

感謝をすることで、チャクラはどこが活性化しますか?(受講者さんへの質問)

そう、感謝をすることで、または感謝の言葉を使うことで、あなた自身の波動がガツン!と上がってしまいます。すると、低い波動との共鳴が終わって、高い波動と共鳴し始めます。そうなれば、脳は自然と調和的で建設的な思考をし始めます。

その学びが終われば、その先はわかりません。仲良くなることもあれば、離れることもあります。大事なのは学びが終わったのかどうかなので、くっつく、はなれる、そこはあまり重要ではありません。

おそらく、学びをしている方なら、沢山の知識も詰まっていると思うので、波動が上がれば、上記の様なことを思い出したり、もともと備わっているハイヤーセルフ(高い意識の自分)から、その相手から何を学んだら良いか、または、それを教えてくれる人や現象に出会うこともあると思います。

そして、その得た学びを自分の行動に変える。ここまで出来れば、自己の魂レベルがまた一つステージアップですね。

そうは言ってもそんな面倒くさいことやだぁー、やりませーん、だって相手が悪いものは悪いジャーン。って人もきっといると思います。笑

まぁ、別にそんな人は放おっておけばよろしい。笑

だってね、そうやって目の前のことから逃げ出したって、氣づいていないのかもしれませんが、それは自己の魂の成長の為に、自分が引き寄せている相手や現象ですから、環境を変えたって、人を変えたって、また同じ現象に追われるだけの話です。そんな堂々巡りの繰り返し人生を楽しいと思うのならそれでいいのだと思います。

ただし、文句言ったり、悪口言ってると、その言葉や思考の持つ波動が地球を汚していることには氣づいてもらいたいですが。しかもそのエネルギーは自分に不調和になって帰ってきてしまいますよ。と。

まぁ、人は人。自分は自分。笑

イラつく相手が来たら、自己の成長のチャンスを逃さない。

そんな目や心を養って、身の回りを見渡してみると、本当に面白い。ギフトで満ち溢れています。

それも天地自然、宇宙のエネルギーの一つ。

もちろん、あなた自身も。

森羅万象、生きとし生けるものが幸せでありますように。

さぁ、今日はどんな感謝の魔法を使ってみますか?

新月でした。お陰様と感謝を仕事に活かす

昨日は新月でした。新月のアファーメーションというのがあります。アファーメーションというのは、肯定的な宣言です。人間はまず先に自分の意識があって行動がついてきます、普段どのようなことを思い、思考し、言葉に発しているかが、そのまんま自分の人生を作っていくものです。

だから、今日一日、瞬間瞬間を大切に生きることは人生そのものを表しますので、今日という日を生きながら、実は未来も一緒に生きていることになります。そして、その今日の言葉は過去から来ているものですから、

今日、という一日には、過去も未来も含まれているのです。

瞬間の思いや言葉が自分の未来を形作っていくのですから、今日一日、またはこの瞬間瞬間を大切にすることが、いかに大切か、氣づいたときから、日常の修行は始まります。笑

私がいう修行とは、なにも滝に打たれるとか、火を踏むとか、そんなことではなくて、いかに瞬間瞬間の自分に氣づいていられるかを見る。そういうことのほうを大事にしていて、それこそ修行だと思うのです(簡単ではないから)。滝に打たれるとか、そういうのは誰でもやる氣になればやれると思います。でも家に帰ってだらしないなら、そもそも修行なんてする意味がないと思うわけです。

日常に潜む、自分の過去と未来。自分の人生は自分に責任がありますね。

そして、地球という星に住んでいる私達に重要な要素として欠かせない月。そんな中でも月の満ち欠けのターニングポイントである新月、満月は、その思いや言葉の現実化へのエネルギーも増しますので、新月、満月の日にどのような思いを持ち、どのような言葉を発しているか、それが今後の人生の行動においてとても重要になってきますね。

みなさま、昨日はどのような思いと言葉を発信しましたか?

さて、長い前置きになりましたが、今朝のミーティングでは、みんなと、そんな話も含めながらプチレッスンがありました。

そのミーティングのテーマは、お陰様と感謝を仕事に活かす。

まず、大前提に、私達人間は、水、太陽、空気、土など、地球上にあるそれら一つでも欠けてしまっては微塵も生きられません。

ですから、それら無償で与えられているエネルギー、それを無償の愛のエネルギーともいいますが、その愛に支えられているからこそ、生きていくことが出来るんだということに、生きる大前提としてしっかりと氣づき、そこに感謝をすることが大切ですね。

現代社会、資本主義の中ではお金も大事、でもそのお金を生み出すのにだって、それらの愛のエネルギーとも呼べる自然にお世話になっているはずです。

そのいただいている無償の愛に、どんなお返しが出来るでしょうか?大きすぎて対等なものを返すことには、到底無理があります。

だからって、貰いっぱなしでいいのかぁ?

エネルギーは貰ったら、出ていきます。水の流れと同じです。別にお返しする必要が絶対ある!なんて言わないけれど、結局は出ていきます。貰いっぱなしの人は幸せにはなれません。それはエネルギー、水の法則です。

貰いっぱなしというのは、水で言えば、溜まって濁った状態。だから時折、地球と同じように自浄作用が働いて、人間にとっては不調和な形になってしまうのですが、入ってきたエネルギーと同じだけ流れ出ていきます。

私ばっかり、、、なんていう人、周りにいませんか?その人は誰にも何にも与えず貰ってばかり、または奪う人とも言えます。不幸や不調はいわゆる自浄作用なものですから。

これって、こういうことです。

無償に与えられてしまう(?笑)愛とも呼べる自然のエネルギーはいつも降り注いているのですから、私達は溜まっていく一方だということ。

ですから、不調和として自浄してしまう前に、「与える」という「行為」でエネルギーを流したほうが、とても流れが良くて、結果として心も身体も軽くなるので、幸せな状態に自然となれます。幸せな人も引き寄せます。(そこに陰陽の法則が働くと、奪う人も近づいてきますので、それはまた新たなレッスンが必要ですね。)

そのエネルギーの流れを仕事に活かしましょう。そんな内容のミーティングです。

ピースガーデンのメンバーは全員、禮楽を学び、人生を学びとして楽しみ、魂が成長することに喜びを感じる、そんな仲間たちなので、ふむふむなるほどと聞いてくれていました。

お陰様と感謝を仕事に活かす。

さて、どんなことが出来そうですか?。

答えはまた次回の記事で。

メンバーは、とあるミッションが与えられたので、きっと全員早速取り組んでいることでしょう。私は、真剣に生きるみんなが大好きです。

さぁ!今日も自己の力量を知って、精一杯生きる。

みなさま、今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

瞑想は24時間365日

これまで瞑想講座や呼吸講座などを開催してきた中で、一番多かった質問があります。

瞑想はいつ行ったら良いですか?

やる時間が無いのですが、どうしたら良いですか?

瞑想を特別なものと考えると、やることに追われている私達ですので、なかなか時間が取れない、と考えるのはとても良くわかります。

私の場合はもう15年近く前にTVを捨ててしまったので(自分は時々出てしまったけど。爆笑)、家にTVが無いので時間がとても有意義に使えています。(PCでも見れないタイプです。)

あると見ちゃうでしょう?笑

TVは大好きだったし、あればつけちゃうし、若い頃の一人暮らしでは、帰ってきたらまずTV。なんでもながら。

でもちょっとおかしかったのが、あのTVの電波に幼少期から敏感に反応する子供だったし、道を歩いていて、3軒先の家のTVついてることがわかるほど。音ではなく耳のような場所で電波をキャッチするんですよね。だからTVを捨てた今でも、お店などでTVがついていると、あの電波に引っ張られてTVにロックオンです。異常なほどに。自分でも可笑しいから、やらせてあげてますけど。笑

でもまぁ、そんな超敏感体質なわたしですから、TVがあると何もできないのですよ。あの電波にやりたいことを全部持っていかれてしまうし、考えることをやめてしまって、一方的な情報を与えられるだけなので、「こりゃーわたしこのままだとアホになるわ。」って思ってね、まだ痴呆になるには早いわと、15年前にTVは捨てました。

そんな、つけなきゃいいじゃんって話なのですが、、これがまた、捨てて後悔したことが一度もないんですよ。なくてもなんにも困らないし、本当に自分の時間を有意義に使える。周りに流されない。自由。なにより、TVに洗脳されるのはごめんだし。(笑)

だから、みなさんには、TVをちょっと消してみてください。とお伝えします。一日、24時間しかないのですよ。短いよね。TVついてて見てる時間、結構無駄です。消してみるとわかる。捨ててみてとは言いませんから。(でも捨てたって困るもんじゃないよ。笑)

そんな生活面で工夫することに加えて、瞑想を特別なものと思わないでくださいね、ともお伝えします。

まず、瞑想には2種類あります。

  • サマタ瞑想
  • ヴィパッサナー瞑想(ここでは一応マインドフルネス瞑想も含めます。)

そのね、それこそTVで怪しい人たちが瞑想してるのを流していたでしょう。サリン事件がありましたね。。。

今でこそ、ヨガが一般的に認められましたが、彼らはもともとヨガ教室のメンバーですから、当時はヨガをやっているというと、何も知らない人々は訝しげな目で見てましたよ。

それもTVのせいでしょう。TVは自分で考える力を奪っていくからね。

今なら、ヨガやってるって言ったら、へぇーすごい、素敵、なんて声があがるかもしれませんが、私からすると、何言っちゃってるのよ、それもTVでしょうよ。って言いたくもなります。セレブがやってたからヨガがポピュラーになったのですから。

お願いだから、みんな、自分の心で感じて、自分の頭で考えて!って。笑(まぁいいや、)

当時の事件のときに、瞑想している怪しい人たちがTVに映し出されていたのを私は記憶しています。エクソシストみたいになってたから。笑

あれはとても種類の多いサマタ瞑想に分類される瞑想法になるのですが、確かにサマタ瞑想は変性意識になった場合、その方の負の部分と反応する場合があるので、きちんとした講師について行うことが望ましいです。

でも私が、みなさんにおすすめしているのは、サマタ瞑想ではなく、ヴィパッサナー瞑想(マインドフルネス)の方です。

いいですか、この瞑想法は、意識は変性にはしません。はっきりと意識は起きたまま、開いたまま行います。

どういうことかといえば、

今の自分に氣づく

これだけです。

なーんだ、へぇーそんなん簡単じゃん、って思った?

では質問です。

  • 今座っているおしりの感覚を把握してた?
  • 今立っている、足の裏の感覚を把握してた?
  • 今の心の色は何色?
  • 今の呼吸は?吸っている?吐いている?
  • その呼吸は深い?浅い?把握してる

などなど、質問です。

自分のことなのに、何も氣づけず生きていることが大半です。自分の思考にすら氣づいていないかもですね。

ですので、そこに氣づきを入れていきます。それがヴィパッサナー瞑想でありマインドフルネス瞑想です。

上記の他にもたくさん氣づく必要がありますが、この5つ位を把握、といいますか、

瞬間瞬間でしっかりと氣づき、

意識に上がっていればOKです。

この瞑想法は、お釈迦様が悟りを開くために行っていたものと言われています。身体に無理をかける苦行でもなんでもありません。

これなら、日常でできるでしょう?

あとは思考をなくしてね。笑

簡単に見えて、これがまた難しいのよ。だから修行しましょうってうるさくいうのです。(禮楽氣療講座)

自分のことにすら氣づけない人間が、相手の何に氣づいてあげられますか?何を成し遂げられますか?

大事なことだと思います。

これなら、忙しいという言い訳はできませんね。

瞑想は24時間365日。

おあとがよろしいようで。

?笑

※日常に連続の氣づきがあり、ヴィパッサナー瞑想やマインドフルネス瞑想ができるようになったとき、はじめてサマタ瞑想が素晴らしいものとなるでしょう。

かまってちゃんの問題行動

うちの犬あめちゃんの話と言いたいところなのですが、アメちゃんに限らず人間も同じなのですね。

子供は、どうやったって愛情が欲しい。それは大人もおなじ。

愛情も目には見えませんが、エネルギーです。かまってもらうことで、そこにエネルギーを与えてもらうことができます。

家庭にあまり問題がなく、親がしっかり子供と接していれば常に愛情というエネルギーは子どもたちに注がれて、問題行動も特になく育っていきます。(だからといって過保護がいいわけではありません。)

しかし、現代社会、そうはいきません。みんな仕事、仕事が大事、という風潮ですものね。それに、もし子供、兄弟が多ければ全員に同じだけ愛情というエネルギーを注ぐことも難しいでしょう。

そうすると、子供はどうするのか、目につく行動を始めます。はじめは些細な注意を引くことから始まるでしょう。

それに氣づいた子供は学習します。本人無意識ではありますが、あぁこういうことをすれば親がこちらに注目してくれるんだ。と。

けれど些細な注意くらいのエネルギーでは、もの足りませんし、親は相変わらず自分以外のなにか(仕事、趣味、パートナーなど)に夢中であれば、状況変わらず。。

じゃあ、もう少し注意を引いてみよう!と段々と怒られるような行動を起こし始めます。怪我をしてみたりもします。

わざとではないんですよ。潜在意識の問題です。人間の脳は意識がはじめにあります。その意識が「かまってほしい」「エネルギーが欲しい」となると、そのような結果を生み出す行動に自然となってしまうのです。

子供は、愛情がないと生きられません。

たとえ怒られたとしても欲しいものは欲しいのです。(怒られて泣いちゃうけど。。)

例え怒られたとしても、親に注目してもらえる。そこに親の大きなエネルギーが存在しているから。

しかし、残念ながら、怒りのエネルギーは愛のエネルギーとは真逆な体質。エネルギーであることには違いないのですが。。。

子どもたちは知りません、そのエネルギーの違いを。。。

悲しいことに、怒りのエネルギーを貰えばもらうほどに、自分自身が屈折し、病んでいくことに氣づいていません。。。さらに、親の愛情どころか心が離れてしまう可能性だってあるのに。。。

ただただ、愛情が欲しいだけなのに、子供は無力です。

エネルギーなしには生きられないので、愛がもらえないなら怒りでも、なんとか生きていることはできます。

これは、可愛そうな家庭の特別なお話ではありません。

現代社会の縮図そのものですよ。

もちろんそうではない家庭もあるでしょう、でも何%?

仕事が大事。お金が大事。家もローンで買ったのだから、学費も払わなくちゃいけないんだから。

もちろんそうではない家庭もあるでしょう、でも何%?

小さい頃から親と離されて、預ければ第一チャクラが壊れます。同族の意識が壊れて、大人になっても安心感を得られず、人に求めてばかり。たとえ欲しいものや人が手に入っても満足も得られず。

もちろんそうじゃない人もいるでしょう。でも何%?

親が悪いんじゃない、その親も悪いわけじゃやない。

こんな社会はいつから始まったのでしょうか?

行き詰まった人間社会。根本から変えなければ、いけないと思うのは私だけでしょうか?

さて、話を戻します。

幼少期に怒りのエネルギーで育った子供はどんな大人になるでしょうか?

そのままです。何も変わりません。

大人になっても人からの愛情をもらうために、相手の怒りを発動させるような行動を取ります。

体は大人。心は子供。AC(アダルトチルドレン)と言われます。特別なことじゃない、現代社会の縮図。どんなに社会的に偉い人でも同じです。

そんな社会を救えるのは「愛」でしょう。根本原因なのですから。

自分のその行動に氣づきが起こらない限り、また、献身的に向き合って、怒りを愛に変えてくれるような相手がいない限り、どんどん年をとって、もう誰も何も言わなくなります。

そして老年期になれば、もう行動は起こせませんから、誰かの悪口が絶えず、嫌味癖、妬み、TVみて怒ってみたり、、なんだか悲しい。

もう一度いいます。誰が悪いわけでもない。

潜在意識の問題です。人間の脳は意識がはじめにあります。その意識が「かまってほしい」「エネルギーが欲しい」となると、そのような結果を生み出す行動に自然となってしまうのです。

意識は、見える世界の話ではありません。私が言う見えない世界のお話は、何も霊に限ったことではなく、心、意識、思考、波動、氣も入っています。

それらひっくるめて同じ世界のお話なので、見えない世界と簡単に言ってしまってますが、その全てひっくるめた見えない世界を学ばなければ、根本の解消にはなりません。

意識を学びましょう。

人生、一生お勉強です。

最近、あめちゃんの問題行動が勃発していて、家の中でうんぴをしてかまってちゃんしてます。。。人間と犬の扱い方はちょっと違うので、いろいろやり直しですね。。。苦笑

発達障害は大人の方かもよ

物には波動がありますので、できるだけ良いものを持ちましょう。

長らく私はそう言っていました。子供の頃から超がつくほど敏感体質で環境や人にすぐに影響され第1.2チャクラが壊れていたせいで、自分と相手の境目もわからなくなる。おまけに自分の意識も相手の意識も同じように聞こえたり感じたりするものですから、生きにくいことこの上なく、そういった意味で人が苦手。動物だって意識や感情があるから、あれくれ、それくれ、僕悲しいよ、などの声も入ってきてしまうので、動物達との距離も人間のそれとは違ってこれまた難しい。笑

お酒を飲めば、チャクラ全開になって、飲みすぎのタイミングで、霊に憑依されたり、相手の波動をしっかりもらってしまったり、もう昔の私は、今考えるととんでもない人。。

そのまま病院送りか薬漬けになってもおかしくなかった私が、もともと持っていた霊感を活かして波動の勉強や修行、検証をして、自分に起きている誰にも相談できない一般的には病気のような状態を持ち前の知りたがりの癖と夢中になったら止まらない集中力が功をなし、見えない世界とこの世のつながりを理解できた時、様々な対処法を見つけ、この地球に居場所を見つけたわけです。それと同時に同族のつながりでもある壊れていた第一チャクラもバランスを取り戻しました。

昨今では、同じように悩み苦しむ大人や子供達に、ADHD、HSPなど発達障害なんて名前がつけられて対処法は?などと、西洋から入ってきたもので対処しようとしているけれど、私からすれば発達障害なのは、現大人たちであって、それに悩む大人達や子供達ではない思っています。

なぜ、そんなことになるのか理解できない方が発達障害であって、それらに悩む人々に必要なのは、私がそうであったように、発達しすぎた感覚器のコントロール法だと思います。

使いこなせたら、まじギフトだぜ。笑

過去の私もそうですが、彼らの行動は、脳の機能が周りより発達していることによるものだと私は確信しています。障害なんかじゃなくて、周りや社会がそれについて行ってないから対処法もその発達器官のコントロール法も教えることができないだけのはなしで、脳が言語機能を持っていても、言葉を教えないと会話ができないことと同じ。意識や波動の世界を感じ取ってこの世で使いこなせなければ意味がない。

新しく生まれてくる子供たち、生命たちが、今いる人間より劣っているわけないじゃないですか。いつの時代だってそうでしょう。

禮楽氣療講座は、大人のためのものではあるけれど、脳の機能が発達している子供たちは今本当に多いと思うので、それを障害的に見るのでは決してなく、子供の頃から意識の世界に理解を示す大人がいてあげられるといいのになぁと、自分の理解されない子供時代を思い返して、説に願うところであります。

学校のお勉強に段階があるように、波動のお勉強にも段階がある。私はそれを現代レイキ法を入り口としてお勉強させてもらいました。レイキという波動のお陰で本当に死の淵から生き返ったかのように、また水を得た魚のように生き生きと生きられるようになりました。本当に感謝しています。

そして、真剣に真剣に学びを続けていると、ある段階のところで、もっと深く奥まで知りたくなるもので(本来の自分を取り戻すという意味)、様々な必要と思われる学びと内観なども含め修行と研鑽を積み重ねた結果、波動の世界は宇宙の広がりのようにもっともっと興味深いものになりました。

意識の世界、心の世界は、本当に広い。

大海原に出て、戸惑うことや倒れることもあったけれど、一度どん底に落ちた人間は上がるしかありませんので、後ろを振り返らず立ち止まることなく前に進むのみ。

それを体系化したのが、禮楽氣療講座です。

ここで、物には波動がありますので、できるだけ良いものを持ちましょう。というお話に戻るのですが、波動の世界を学び、心の修行を続けているうちに、影響を受けない体質になってきます。

それは同時に、心のゴミがなくなって、無条件の愛、至高の愛の波動が自分の中に育ってきたということでもあります。

闇を否定している間は、自身の中に闇があるという証拠。

心のゴミとは、闇、負、陰陽の陰のことでもあります。不安であり恐怖であり、怒りや貪り欲のことでもあります。

それらが自身の中にたくさんある時は、環境にも影響されやすいので、負に引っ張られます。だからこそ、環境が大事。自身の中に愛調和癒しが育つまでは。

例えば、私はこれまでドクロやスカルは死を連想させる怖いもの、負のエネルギーと思っていました。実際にはそのようなエネルギーの方が人間の意識層の中では多いと思います。(メキシコなどは違うね。)

ですので、その負のエネルギーに、自身の中にある闇の部分が強かったからこそ、それらに引っ張られると感じていました。

けれど、最近はドクロって死ではなく再生の意味もあるよね。って思うようになって可愛く感じるようになった。しかもどんな人間も顔の下、みんな同じドクロじゃん。なんで怖いと思っていたのかしら?って。

おそらく、陰陽のエネルギー、バランスが取れたのだと思います。陰が強かった時代からそれを乗り越えて陽が強くなってきたところで統合でしょうか。

nuku-nuku氣療法で扱う陽のエネルギーもとても役にたっていますね。

陰もあって陽もある。

見えない世界の話って面白いなぁ。

3次元の話はどうでも良くなってしまう極端な性格はちょっとバランスが必要ですが。。(そこの努力もしております。)でも誰かがどうしたとか噂話とか非建設的なのは無意味。と感じてしまうのはこればっかりは性格ですかね〜。笑

どんなものも、使う人の意識次第。