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「陰陽」とは、陰と陽の量が同じで一つになっているということですが、他の言葉で言い換えれば、「バランス」が取れている状態ということです。

または、シーソーや秤が、真ん中にある状態のこと。

この地球上の全てが、陰陽、バランスで出来ていますので、この星で生きる私たち人間にももちろん関係のある話になります。

例えば、陰陽を男女にあてはめると、

陰:女

陽:男

になります。

男女が一緒になるのは、単なる陰陽の法則になりません。自然の摂理です。

 

ですが、

陰陽、バランスは、

そんなに単純明快ではありませんので、もう少し詳しくみていきます。

 

まず、「陰」である女性の内側には、男性性があります。

そして、「陽」である男性の内側には、女性性があります。

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この画像は、TAOの教えの陰陽図になりますが、白と黒の陰陽図のそれぞれの中に「○」があります。これは、その「陰の中に陽が存在」し、「陽の中に陰が存在」していることを表しています。

ですので、男でも女でも、それぞれに陰陽両方が存在するのです。

だから、男らしい女性もいれば、女々しい男性も存在するわけですね。

内側にある性質は、軸になるものですから、本来、男性性を内側の軸に持つ、女性の方が強いのです。

小さい子供も、男の子の方が病気に弱いとも言うし、痛みにも男性が弱い。とも言いますよね。それは、そういった本質からくるものなので、不思議ではありません。

この世の中、社会は、男性が優勢なものになってきましたが、それは、表面の強さを誇示しているにだけのように感じます。内側の本当の強さを持っているのは、やはり女性なのです。エネルギー的に見ていくとそれは明確です。家庭でも結局のところ、実権を握るのは奥さんでしょうし。笑

何を隠そう全ての生き物は、女性から生まれていると言う事実。

母強しです。それも母なる大地「地球」と言う星の法則に則っていると言うこと。

 

話を人間の陰陽に戻して、頭を柔らかくして、陰陽の中に陰陽があると考えれば、性やセクシュアリティーは多様であるはずです。

身体が男性だから、女性と一緒になる。そんな単純な話では終わらなくなります。それは「誰か」が決めた「ルール」だと言うだけのこと。

 

「誰か」のルールに従うのは、自然の摂理に反しています。

自然の摂理に従うのが、人間の生き方のはず。

 

心の目でよ〜く見渡してみると、おかしなことばかり。例えば、ある一定の動物が増えたから駆除する。増やした原因を作ったのは間違いなく人間のエゴなのに。

自然界にはバランスしか存在しません。何かが無くなり、バランスが崩れたから何かを増やしているだけのこと。

少子化対策?森を破壊し農薬で地を汚し、染み込む雨水は、浄化されずに大気に上がり、雨となり私たちに降り注ぐ、川から海に流れて、魚になって食卓へ。自然破壊の地球全体を見て資源はどのくらい残っているでしょうか?自然の動物も植物も、日本ではニュースにならないところで大量に死滅しています。全体的な量を減らしているとしか思えない状況です。人間だって地球で生きる哺乳類。人間だけが高尚な生き物と考えるのはどんなものでしょうか?動植物がいなくなったら、人間は食べるものがなくなります。

私たちが、自然災害と呼ぶものは、地球のバランス回復の動きに他なりません。

 

また、自然界には、メスがオスになったりする生物もいるし、オス同士、メス同士がカップルになる動物もいます。私にはそれが単なるバランスの法則に見えるのです。これ以上増えたら困るとなれば、自然と子作りをしないで全体のバランスをとっているだけのことではないだろうか?と思います。

陰陽、バランスの地球という星で生活する以上、それは自然のことだと思います。私のように、男性性と女性性を両方自覚して、真ん中の中性で生きて、一人で「陰陽統合」もいいですよ。社会的には面倒なこともあるけれど、別段、男にも女にもこだわる必要もないと、楽です。(笑)面白いことに、そんな風に生きていると同じような人が集まってきて、仲間もパートナーもいる。けれどみんなしっかり中性で自立型の新種ハイブリッド人間。(笑)

究極、「男、女、LGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダーの略)」正直めんどくさいし、そんな枠組み、どうでも良いんです。

「私」は「私」だから。笑

 

陰陽、バランスの法則を「男女」という小さなことに焦点を当ててしまったので、話が小さくなりましたが、もっと大きな視点で見ていきたいと思います。

 

長い前置きになってしまった、一人陰陽統合「中性」ハイブリッド人間の「私」を例にとって話をしてみます。(笑)

 

中性であるということは、私の中でバランスが取れていて、居心地が良いということなのですが、これは、私が一人でいる場合の話になります。

まず、私は中性で居心地が良いので、「男性性や女性性が強い、男性や女性」の側にいると、私のバランスが崩れて、調子が悪くなります。

ここから見えないエネルギーや氣の話になりますが、陰陽はエネルギー、氣でもありますので、私の陰陽エネルギーは中性のエネルギー・氣で出来ているということです。

氣は循環し、人に会えば、氣が相手に流入したり、流出したりします。ですから、男性性や女性性が強い人に会うと、そのエネルギーが私の中に流入し、私の陰陽バランスが崩れて、調子を崩すわけですね。

私にも苦手なタイプがあって、人がどうのこうの、性格がどうのこうの、という問題ではなく、エネルギーだけのこと。誰も悪くなくて、バランスが崩れる。というだけのことなのです。

でも心配は無用で、自然と、私の周りには同じエネルギーを持った人たちが集まります。これも陰陽の法則です。

男性性が強い人には、女性性が強い人が惹かれ合う、中性には中性が。全てが陰陽エネルギーの成せる技、単純明快。

 

ではここまでを踏まえて、別の例にて、陰陽・バランスの検証です。

 

陰:疲れている人

陽:元気な人

 

と、なります。さぁ、この陰陽エネルギーは、どのように人間、現実に作用するでしょうか?ヒーラーとして、お仕事として成立させたい方は必見ですよ。笑

長くなったので、皆さんに宿題とします。笑

 

ヒント

陰:疲れている人、暗い、日陰、月、土、静、冬

陽:元気な人、明るい、日向、太陽、動、夏

 

では、また後ほど、??

 

続きは、こちらです。

あなたも私もバランサー。人が集まれば起きるバランスの法則、vo.2 (生きているだけでも人の役に立てる方法)

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6月に入り益々、時が経つのが早い今日この頃です。どうやら年齢と共に早く感じる時間の感覚だけではなく、地球全体のスピードが上がっているようでもあります。なぜなら、若い人たちも早い!って言っていたから。(そこ?笑)

 

冗談はさておき、時間というのは、幻みたいなもので、楽しいことは時間が経つのが早いし、楽しくないことは、時間は遅く感じられる。同じ1時間でも、同じ一生でも、楽しく生きれば、あっという間に過ぎ去り、制限だらけで生きていたら、この苦痛は永遠に続くのかと苦悩するのでしょう。

「太く短く生きる。」生きる楽しみを人生の時間に目一杯詰め込んで、「じゃ!次の世界に行ってきます!」と言って、ささっと今生を卒業する。そこまでのことを思っていたかどうかは分かりませんが、有言実行した私の父の命日が今月あります。

私が、東京を出るきっかけになったことや、中富良野に移住したきっかけにもなっています。思い返せば、レイキの講師になったきっかけでもあるのでした。

すべての出来事は、青写真だったり、宇宙の完璧なタイミングでおきます。その時間軸は人間の念では、力及びません。海の潮の満ち引き、満月や新月によって地球や自然、はたまた人間の感情すらもその通りに動いていくのと何ら変わらず。死のタイミングすら完璧なのだと思います。

 

そんな人間には力及ばないこの地球上で「結局、生きるってなに?」と、儚い疑問を持ったとしても、その答えは人間には出せないのかもしれません。ましてこの作られた社会には答えはないでしょう。

答えは、「自然」という「地球の動き」、「星などの宇宙の動き」にあります。人間の頭でははるか及ばない壮大な答えがあるかもしれませんが、私たち人間がこの地球上で生きる意味を見出すには、「流れに沿う」しかありません。

沿うものは、社会のルールでもなく、エゴや自我からくる欲望の渦でもなく、

自然や地球や宇宙の流れ、それに沿うのです。

自然や地球や宇宙の流れについては、みんなそれぞれの魂が「魂の望み・喜び」として知っています。(無視して生きることが一般的になっている世の中だけど...)

そして、いつか私たちは、その全てを地球にお返しして、次の世界へ旅たつ時がきます。そう言った意味ではすべてが借り物です。

自分のものなんて、結局は一つもありません。所有欲を満たしてくれるものはこの世にたくさんありますが、そのどれも一緒に持ち出せないのです。今生を卒業するときは、全部置いてゆきます。この肉体さえも。

そう、この肉体さえも、借り物なのです。

誰かに借りたものは、ありがたく感謝して、大事に使ってお返ししますよね?(そうしない人もいるかも?。ごめんそれはもう論外。笑)

それと同じように、この肉体も日々感謝して借りて、いたわり、癒して、大切にして、綺麗なまま御返ししたいものです。その為には、日々を大切に生きる必要があります。瞬間瞬間を大切にして、「今に生きて」いると、自分を労わる気持ちも湧いてきて、同時にその労りは周りの人へも広がっていきます。

これはマインドフルネスやヴィパッサナーの瞑想で目指す境地でもあります。

自分を労れる人が、人を労わることが出来る。自分を癒せる人が人を癒せる。自分の心や身体のこと、病気や不調の原因に自覚のないまたは責任がないヒーラーとか、ありえないでしょう?苦笑

この社会でいう、金も名誉も成功も、物も土地も、そして、肉体も、更に言えば大切な人さえも、すべて置いて行くことになるのですから、

日々借りている全てのものに、感謝して大切に生きたいと思います。

生きることは借りること。

ちょっとオーバーな表現かもしれませんが、今日はこんなところで。

 

個人的なことを言えば、父が今生を卒業したタイミングは、ある宇宙のミッションタイミングと合致していて、数年ごとにそのタイミングで変化がおきます。最近、また始まった感が半端なくて、日々興味深い今日この頃。

日々、淡々と自分に与えられた役割に、出来る範囲で精一杯取り組み、不平不満を言わず、感謝して生きる。そうすると、あとは自動操縦。オートマチックライフ。

ま、時折、ご愛嬌程度に、不満も言いたくなりますけど。笑!

そんなときは、氣付きのレッスン。

人生は、氣づき学びの連続。

今日も一日よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

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世の中、断捨離流行りではありますが(もう世の中の流行りは終わった?)、断捨離するべきは、「物」だけではないですよ。

昨日の主権を取り戻す、自分軸という話にも繋がりますが、スピードと情報過多の時代ですから、必要なものを必要なだけ、にしておかないと、やっぱり流されてしまいます。

必要なものを必要なだけ、その自分の分量を知るためにもやはり、自分軸がないと難しいですね。基準が他人にあっては、自分がどれだけ必要なのかを、自分を見て判断するのではなく、他人と比べて判断してしまうでしょうから。

情報といえば、若者者のSNS疲れ、とはよく言われますが、そろそろ大人だって疲れているのでは??

SNSは、いろんな人と繋がって楽しいですが、いいね!の数とか、友達何人?というのも本当は、みんな心の奥では、日常生活より大切だなんて思ってないと思うのですが、他人目線で生きてしまうと、いいね!がいっぱいついたから良いとか、フォロワーいっぱいいるから凄いってなってしまうかもしれません。(それ凄いの?ある意味凄いね)

SNSも良い方向へ使えれば良いですが、時間があれば開いてしまう麻薬のような作用がありますね。人間は刺激を求めるものです。動きのある変化というものは、自分の身に起きたり、目の前で起きるのは怖いのですが、スマホの中で起きることなら、興味があります。覗いてみたいんです。

それは、TVのゴシップニュースや週刊誌が好きな人の心理と同じです。自分の目の前の生活や人生に満足している人は、他人のゴシップなんて全く興味が出ません。ドラマにも別段興味を持ちません。なぜなら、自分の人生そのものがドラマですから、いつも自分が主人公のように繰り広げられる人生の方がよっぽどドラマティックで面白いんです。

でも、SNSは、人間の弱いところを上手に突いてきます。人間も動物も動きのあるものを追う性質(自分を守る行為)がありますので、「つい、見てしまうもの」なのです。そして時間を浪費します。また、「リア充」UPによって、競争意識にも火を付けてしまい、他人と比べることが始まります。

一つお勉強です。「人を羨ましいと思う気持ち」これは、「怒り」の分類ですので、お忘れなく。あの人は良いよね〜恵まれてるし〜?なんて思ってしまうのは、自分の生活において、大切に生きていない証拠で、感謝が足りない状態。心の中で「怒り」が湧いているのです。そうやって、お釈迦様が心を科学してくれています。

 

お話が飛びましたが、そのようなことを続けているとどうなるのか?というお話をエネルギー的に考えてみます。

 

そのように情報をin,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜としていると、

 

変な表現すみません(笑)、いわゆる外から入ってくる情報を入れるという意味です。それは、SNSだけじゃないですよね、垂れ流しのTVだったり、勝手に流れてるCMだったり、時間の無駄のネットサーフィンだったり、暇つぶしの動画だったり、噂話など、要するに「見たり、聞いたりするもののことです。」

 

それら全部、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜と、自分の中に入ってくるわけです。情報というエネルギーとして。家の中が物でいっぱい!!!と同じことで、脳が雑念だらけになります。そして、不浄も溜まります。

 

怖いことに、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜ばかりだと、

自分の創造性が奪われます。

私は、数秘術でいうと「3」を持っているのですが、3は、クリエイティブ、創造、というも意味がありますので大切にしています。だから、創造性・クリエイティビティが失われる!となると、怖いわ〜って感じます。笑

 

こういった文章を書くときにも、創造性は必要になってくるので、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜していると、生まれないんです。文章すらも。。

 

だから、という言う言い方も変かもしれませんが、自己表現をしたり、自分軸で生きるには、情報の断捨離も必要になってきます。(物の断捨離が既に終わっている人。まずは物からね。)

 

インプットばかりしていると、それは癖になるでしょうから、

アウトプットである、自己表現が難しくなると思います。

 

まずは、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜を控えることからやめてみましょう。

自分から、欲しい情報を取りに行くようにするのです。

正直にいうけれど、私なんて見た目は柔らかいようですが、中身はバッサリな人だから、FBなど、情報が殆どの誰のも上がってこないようになっています。酷い人でごめんね。(苦笑)

でもそれを酷い人と呼ぶのか、シンプルな生き方と呼ぶのか?

昔はさ、あの人どうしているかなぁ?って思って手紙書いたり、電話したり、自分から情報を摂取していたでしょう?それで良いじゃない。って思います。

必要な情報があったり、氣になる、事や人がいたときに、

「in」しようぜ。

 

 

食べ過ぎたら胃が満タンになるのと同じで、エネルギーを入れる器は、限りがあるのです。

 

不要なエネルギーでいっぱいにしないで、取捨選択しながら、in,in,〜

 

 

そして、アウトプットしながら自己表現していきましょう!!!

 

 

今日はこれから、法務局とか役所とか、お使いとか、行ってきます!!

皆様も良い一日を過ごしくださいませ♫

 

ありがとうございました。

 

 

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人生について考えることはありますか?持って生まれた自分の役割について考えることはありますか?それともただただ流されるままに生きていますか?

どんな人間にも、持って生まれた役割があります。その役割を果たしながら淡々と生きることが、人生だと思います。

昨日の呼吸講座で、余談として、いまみんな草取りに忙しいので〜というお話から、雑草として嫌われているであろう「スギナ」の話になりました。

人間が、勝手な都合で決めている「雑草」であるスギナだって、とっても重要な役割がありますよ。なぜなら、スギナは、酸性に傾く土壌を中和する役目があるのですから。

日本は、酸性の雨が降るのでどうしても土が酸性に傾きます。土壌の酸性を吸い取って中和する役目のある「スギナ」は、他の芽を抑えて、優勢になって、生えてくるんです。人間に嫌われていても彼らはその場で、淡々と役割を果たしているだけのこと。

スギナにだって、重要な役目があるのですから、どんな人間だって、役目があっておかしくありませんよね。例えが極端ですか?いえ、私はそんなことは無いと思います。

 

人間界はアベコベですから、例えば、TVに出ている芸能人や役人だけが役割があると思ったりしていませんか?カルマ的に言えば、芸能界は深い闇の過去性もありますし、批判になってしまいますが、全ての役人が、役人としての真っ当な役割を果たしているかどうかは疑問に感じます。

そんな目に見える、派手な役割なんてものは、魂レベルでいえば、どうでもよいレベルです。カルマの解消に過ぎません。

勘違いしてはいけません。派手な役割は必要ありません。私たちそれぞれが果たすべき役割は、自分自身を知って、主権を取り戻して自分軸で生きる。それだけでいいのです。

 

でも、そんなことは、学校でも殆どの家庭でも教わりません。いかに、周りに合わせるか、既存の社会のルールに沿って生きるか、自分らしさ?そんな金にならないものは必要ない。といった感じに。。。

 

自分らしさに、現代人が氣づくためには、眠っている、眠らされている魂や心を起こす必要があります。目を覚ます必要があります。私は目をみれば魂が眠っているかどうは分かりますが、この社会において、会う人会う人に向かって「眠ってますね?」などとは、私は言えませんし、聞かれてもいないのに、言う必要はないと思っているので黙っています。

目を覚ましたい人は、自ら禮楽氣療の門を叩いてくるのです。人にはそれぞれタイミングがあると思います。

 

あなたは、自分の人生を生きていますか?

他人の人生を生きていませんか?

第3チャクラが弱いと、主権を明け渡し、他人の人生を生きるようになります。親の敷いたレールが、必ずしも自分の人生とは限らないし、相手の男性、または女性が正しいとも限らない、周りが良いと思っていることを自分は嫌なのに、やってしまったりと、どんどん軸が弱くなります。

また、幼少期に形成されるはずの第3チャクラですが、その当時に寂しさやトラウマになるようなことがあると、チャクラは傷つき詰まり、大人になってもバランスを崩したままになります。

自分の意見を言えない、自分に自信がないなどの症状や、胃腸が弱くなったりもします。(他にも目に見える症状はたくさんあります。)

他人に褒められることや、他人に認められることだけに意識を置いていると、自分の心を忘れてしまいます。基準がいつも他人なのですから、それは当然のことです。自分の心を忘れてしまうと、目が眠っているようになるのです。起きてるけれど、眠っているのです。

でも眠りたくなる気持ちは、分かります。なぜなら眠っている世界で起きているのは、実はとても生きにくいものですから。ロボットのように、誰かが作った基準に従順に生きていると、その「誰か基準」を否定されると自分が無くなってしまいます。だから、起きている人間への攻撃が始まります。みんな自分が無くなるのが怖いのです。それがたとえ他人基準で生きている本当の自分ではないとしても、です。

 

また、その恐怖心(怒りも含む)に打ち勝つには、「無条件の愛」しかありません。無条件の愛はどこにあるのか?それは人間の領域ではなく、自然、宇宙、の領域にありますので、その自然や宇宙のエネルギーを人間界に降ろしてくると、その恐怖心を消し去ることが出来ます。

たとえば、ヒーラーとして役目を担った人の目指すところですが、直接や遠隔ヒーリングをすることだけではなく、ヒーラーが24時間そのエネルギーとひびき合いながら生きることでもそれが可能になります。(目を覚まして、常に本来の自分で生きると言うこと)そういった人間になれたら、生きているだけで、地域や社会を変えるエネルギーを自然と放出して、全てに癒しが起きてきます。

 

話は変わりますが、今、北海道は運動会シーズンですが、私は運動会が大嫌いでした。なぜなら、なぜ友人たちと競わなければいけないのか、意味が分からなかったわけです。勝った、負けた?勝ったから偉いの?負けたから悪いの?なぜ、そんなくだらないことで競う必要があるの?そうやって競争意識を持たせるのが、目的なのでしょうが、無邪気な子供心に、大人たちはなんて悪魔的なことを教え混むのだろう。。とその先の自分が出て行くであろう、大人の世界に地獄絵図を想像したものでした。そういった事がらからも自分の主権や軸はどんどん弱くなってしまうのです。

この社会はトラップだらけ?です。

でも否定だけをしていても始まらないので、トラップと知って、沿っていくだけでもまずは良いと思います。そのうち、そのトラップは、自分の心の反映だと言うことが見えてきますので。

そこまできたら、もうあと一歩。

 

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いんだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。(若い頃に、ヤダァ〜!って強く思ったら、その場所が火事になりました。4回目は全焼してしまいました...。)

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。(自分に言ってます、はい。)

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。

 

考えてみれば、この社会は、我慢や制限ばかり。

生まれた時は、「自由」で、「100%あるがままの姿」だったのに、家庭環境や学校や社会のルールを強制され、それができなければ、「駄目人間」のレッテルを貼られ、個性も無くなり、自分を見失っていく。

感じる右脳を抑えて、思考を働かせて左脳優先になっていき、生きていくには、自分の魂の表現を無視して、現状やこの社会のルールに従うしかないと思い込んでいく。

生まれた時は、「100%で自由であるがままの姿」だったのに。

 

とはいうものの。。。。

 

実は。。。(見方を変えると、)

生まれたその時から、自由を奪われ、制限から始まっているのです。

 

生まれる前、私たちが魂という、肉体のないエネルギーだった時、私たちは、本当の意味で、自由でした。愛と調和に包まれた、100%あるがままでした。

この地球という物質世界に降りてくると、肉体という物質に入るわけですから。そこでもうすでに制限がかけられます。

私が一度、臨死体験をして、至福の愛と自由を経験した後、肉体に戻された時、生きるというのは、なんて苦しいことで、狭くて暗いんだっ!!感じました。

この地球という星は、重力があり、また物質世界であるという時点で制限の星みたいなものだと思います。

違う星から来た私の魂は、重力のある地球に住む、人間という物質に入って、この地球でミッションをコンプリートさせるべく自ら選んで来た戦士みたいなものです。

魂の目的は、皆それぞれ違いますが、私の元で学びを進める方々は、きっと同じミッションを持っているのだと感じます。

もちろんそれぞれ、私も含め、自己の魂の成長とともに。

違う見方をすれば、この星は、監獄みたいな感じもします。足かせをつけられ、自由を奪われた中で、何をして生きていくのか、考えてみたら氣が遠くなりますが、でもそんな中だからこそ、学びは深められる、という考え方もありますね。

 

また、ひょっとすると、その「我慢や制限」を経験しにきたのかもしれません。3次元世界を興味本位で見にきた魂だっていますから。

 

このお話、今日はまた後で書きます。

自分が書こうと思ってたことが、途中から降臨系になってしまったので、本題からずれています。苦笑

午前の用事を済ませたら、また後ほど♫

 

みなさま、今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。

 

 

MukeshT / Pixabay

目の前のことに一喜一憂しない。動揺しない。そんな言葉を聞いたことはありますか?禮楽氣療講座の受講者には、口うるさく私は言います。もちろんレイキ法実践者もお勉強していますが、人によっては、「ことの重要さ」がテキストを読んだだけでは、腹落ちしないかもしれません。

ここで、なぜ目の前のこと、目の前の現実などに一喜一憂してはいけないかを説明してみたいと思います。

もう簡単に言ってしまえば、今起きている目の前の現実は、自分の過去の意識が引き寄せたもの(現実化)なので、「自分で引き起こしたものに、一喜一憂したり、驚く必要がない。」というわけなのですが、わかる人にはわかるこの、超シンプルな答えなのですが、

さて、どういうことなのか。

例えば、自分で転がしたボールが、目の前で転がっても、私たちは驚いたりしませんね。

なぜなら、自分で転がしたのが分かっているからです。

ある程度予測できるものは、人間は恐怖心を抱かずに、左脳が働き「理解」出来ます。あぁ、ボールを転がしたから、ボールが転がって来たんだね。など。

 

目の前の現実は、どのように起きるかというと、自分の意識が発端です。

人間は、意識が先にあり、その後に、行動や現実化が起きる生き物であるということ。これは過去、私のレイキセミナーでもお話してきてきたことです。(テキストには書いてなかったけど...)

 

ここで反論が聞こえそうですね。笑

「現実化??そんなことを考えたはずがない!」と?

 

「本当に?考えてませんでしたか?」この問いに、100%否定出来る人がどのくらいいるでしょうか?

人間の意識、いわゆる思考は、24時間動いています。しかもその思考の変化の速度は、光の17倍とも言われるほどに早いのです。その光速以上の思考をどれだけ把握しているでしょうか?

光速以上で、めまぐるしく変化する思考の中に、目の前の現実化と関係のある思考が含まれているのです。

誰のせいでもない。自分が目の前の現実を作っているわけです。これは紛れもない事実。

良い思考があれば、良い現実化が起きていくし、悪い思考があれば、悪い現実化が起きるだけの話。非常にシンプルな仕組みなのです。

ですので、私たち禮楽氣療実践者は、その思考を捉えることをとても大事にしています。ヴィパッサナー、マインドフルネスです。

「今ここに生きる」それは、自分の今の瞬間の動きや思考に氣づくことから始まります。

「ながら」では「今ここにいません」。TVを見ながら食事をする、新聞読みながら、今日の予定を考えている。仕事をしながら、夕飯のことを考える。など、忙しい現代人にありがちな生き方ですが、それでは全く「今を生きていない」状態。

それを続けていると、まず自分が見えなくなり、見失っていきます。「私は誰?私はどこへ向かっているの?何の為の人生?」そのような思考が生まれてくるのも仕方がありません、なぜなら、いつも「今」に「居ない」わけですから。

今ここに、いるということは、仕事をしているなら、仕事に集中すること。座っているなら、座っていることに氣づいていること。何もしていないなら、呼吸をしていることに氣づいていること。そういうことです。

 

すると、自分の思考がやっと見えてきます。光速で動く思考が少なくなって、頭の中で、あーだこーだと考えるおしゃべりみたいなものも止みます。光速が秒速に感じられて、そのうち鈍速になってくるのです。更に言えば、頭の中はいつも凪のような感じです。

そこまできたら、目の前の現実が、本当に分かりやすい。良いことも悪いことも、

「あぁ〜これ、あの時、私がそう思ったからね。。」と悪い現実なら頭ポリポリかきながら苦笑するでしょうし、良い現実でも大きく喜んだりすることもなく、やっぱり「あぁ、あの時、私がそう思ったことだ」とシンプルに受け取ります。

そこに、一喜一憂、動揺は存在しません。

「動揺しない」とは、喜びに悲しみにも大きく反応しない、ということです。動揺という漢字は、「動く、揺れる」と書きますから、動揺しない、というのは、常に真ん中にいる、凪でいる、中庸に、ということです。

 

意識、思考、というのは、言ってみれば「未来」なのです。

 

私たちは、いまここで起きていることを「現実」と呼び、その現実に生きながら、思考や意識という「未来」と共存しています。

自分の意識や思考が生み出した「未来」が、

自分の目の前の「現実」を作っています。

 

 

さて、あなたなら、どんな未来を生み出して、どんな現実を生きたいですか?

全てにおいて、自分に選択肢があります。

 

そんな生き方を手に入れたい方は、こちらへどうぞ。禮楽氣療本講座

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

そんなの誰もが知っているよ。的なことじゃなくて、いいですか、一般的なことは言いませんので、心の準備をお願いします。(笑)今日は、肉体労働の前に、文章降ろしていきますので、昨晩よりは滑舌が良いはずです。w

いろんな人が読んでくれているので、まずは一般論から始めますが、そう食べ物が身体を作るというのは、誰もが耳にしたことがあることだと思いますが、しかしそれは物質的なことのお話。

ビタミン、ミネラル、タンパク質、カロリー。などなど

それは、肉体レベルの世界に意識がある人には、必要なことですが、意識が肉体レベルより上にある人には、その先に進まなければいけませんね。

肉食?菜食?それも肉体レベルの話です。自分の意識が肉体レベルにある場合は、それは重要なことですが、そこには意識がもう無いようになってくると、食べ物の波動を見ていく必要があるし、肉(動物)であろうと、野菜であろうと、コンビニであろうと関係がなくなってきます。

これは、肉食が良いとか、コンビニ食が良いなんていうことではありませんが、このお話自体もいわゆる物質レベルの話では無いので、理解が難しいということもあるかもしれません。「お話」自体も自分の意識と同じものであれば、理解ができるものですから、理解は求めません。ただ、ここを今読んでいけば、勝手に意識が上がりますので、考える必要はありません。あとは寝て自動ダウンロードしてくれるのを待てば良いわけです。難しく考えないで、ただ読めば良いのですから、楽ですね。笑

 

世の中は、すべて「氣」で出来ています。「氣」を言い換えれば、「波動」「プラーナ」「エネルギー」などです。

ですから、私たちが口にするもの食べ物も結局は「氣」なのです。

植物、動物・肉なども、どんな風に育ったか、どんな風に育てられたかは、もちろん重要になってきますが、私たちは、自然動物では無いので、それをそのまま食べないんです。必ず、人が調理をするわけですね。

ですので、どんな人が調理するかが、最も重要です。

どんなにオーガニックでも、マクロビでも、無肥料無農薬でも、調理する人の心が、不浄や制限が詰まっていたり、不安や恐怖やイライラに囚われていてら、どんなに良い食材でも、食べて優しい食事にはなりません。

私なら、そのような食事をいただく位なら、コンビニおにぎりの方が「楽」です。(そこには「氣」が入ってない分、波動的に影響がイライラ食事より無いという意味で。)

また、「楽」と書いたことには意味があります。

人間は、元々が「バランス」で出来ていますので、そのように料理人が疲れていたり、イライラしていたりしての食事は、バランスが崩れていますので、それを取り込んだ瞬間に、食べた人はバランスを取り戻そう!として、自己エネルギーを消耗してしまいます。ですので、口、味覚は、「美味しい」ですが、身体と心のエネルギーは消耗してしまうのです。

そのような食べ物は、人を元気に出来るだろうか?

 

とあるお店の話。料理人がいつもアルバイトさんに怒っているのですが、それを私が食べたら、夜中寝ながら、ズ〜っと意味もなくイライラして何かに怒っていました。もちろん怒る対象が無いので意味不明ですが、夢うつつの中で、あ〜あの料理人の怒りが私の波動に影響を与えているのだわ。と

そんなわけないじゃ〜ん、っていう方もいると思うのですが、それは私が敏感だからそうなるだけさ〜??

いいんです。理解は求めません。(笑)それに氣づいて生きるかどうかは、人それぞれですが、私が言うその「料理人の波動」の影響は必ず起きるものですから。もちろん、オーガニックなどの良い食べ物を選択することも大事ですが、もしもそこに「これでなくてはダメ!」みたいな「制限」が入っていたら、アウトです。その制限は、人間の体にとって、農薬よりたちが悪い意識波動です。

あれダメ、これダメ、自分に制限ばかりかけていると、どんなに良い食べ物をとっていてもその意識が自分を病気にさせてしまいます。10年以上前に、マクロビ、マクロビ!って真剣になっていた方がたくさん病気になってしまったのを目撃して、なんで???って思っていたのですが、結局は意識なんです。

「意識」というのも、「氣」ですから、お忘れなく。

 

だからと言って、「じゃあなんでもいいじゃ〜ん!」それも違うので、勘違いしないでくださいね(笑)

「食べ物を知る」ことは大事なこと。どんな風に作られているんだろう??

そして、どんな食べ物も、良いものに変えるために、自身の浄化と波動を磨くこと。自己浄化と自分の波動を磨きたい人は、それは私の専門ですから、相談してください。その方の波動を見て、レベルにあったお勉強方法をお伝えしています。

 

話を食べ物の話に戻して、「たくさん噛みなさい。」「一口30回噛みなさい」って確か小学校の時に習いましたよね。

確かに、咀嚼が足りないと本当に良くない。唾液も出ない。(唾液が出るのは若さの秘訣でもあります。)

「噛む」ことの語源は「カム」、「カミ」、「神」です。食べて、噛むことで、自分の中にある神性と響きあう、自然の恵みに感謝をする、などなど、そのような意味がありますが、ただ噛めばいいのか??という話でもありません。

 

現代人は、噛まない人が多い。とはよく言われますが、

その根本原因を見れば、理由が見えてきます。

本来、食べ物は、自然が無限に与えてくれる恵みであり、神様の贈り物とも言えるものですが、現代人が食べているもの、そのものがその贈り物とは程遠いわけですから、私たちは、そんな愛のないものを「噛み」たく無いわけです。「噛み・カミ・神」だと無意識でも感じていないものを、「噛め」と言われても、無意識に反応するわけです。噛まずに飲んじゃえっててね。

現代人が食べているものは、野菜も農薬たくさん、遺伝子組み換え、動物も抗生物質などの薬ずけ、添加物や加工品、見渡すとそのようなものが沢山ありますし、料理する人もストレスやイライラしていたり?

そのようなものを噛みしめたい〜♪って想う人は多分いませんよね。現代人が噛まないのは、そういったことに対する無意識の身体の反応です。

愛のない噛めない(神の無い)食物を出して、「噛め・噛め・噛めが足りん!」って、言われたら、子供も大人も拷問みたいなものでしょう。噛めない理由が根本にあるのです。「氣」を見ずにして何をみる?

 

大切に育てられて、良い料理人に作ってもらった食事は、カミたくなりますから、試してみて欲しいです。

ピースガーデンでは、そういったことをスタッフは耳にタコが出来るほど聞いていますので(笑)私たちが提供するパンは、噛みしめたいパンを目指しています。だから、「噛み」たいパンなんです。

そろそろお昼ですね。カミパンいただきます!

今日は、こんな感じで、文章降臨おしまい。笑・ありがとうございました。

 

みなさま、素敵な1日をお過ごしくださいませ♫

 

 

第1チャクラは、植物で言えば「根」の部分です。「根」がしっかりとしていない植物は、脆い。風が吹けば直ぐに倒れる。

根がしっかりとしていれば、養分もしっかり吸い上げられる、蓄えられる。大地と繋がっているから、安心、安全、活力あるし、健康、行動力もある。

人間も植物も、おんなじ、おんなじ。全て当てはまります。

禮楽氣療講座でもチャクラについてお勉強しますが、、ということは、自分のチャクラの状態も知ることになります。(笑)笑うと書いたのは、現代人のほとんどが、自分の第1チャクラの弱さにショックを受けるから。。。苦笑

もちろん、そんな私だって、過去にショックを受けた一人なのです!

スピリチュアルに興味を持つ、その殆どの方が、第1、いえ、2、3も弱い傾向があります。

スピリチュアルには、いろんな意味があり、不思議系のことも精神性のことも含めてそう呼びますが、それらほぼ、第4チャクラ以上の範囲にあります。

 

第1,2,3チャクラは、いわゆる現実世界や物質世界と共鳴する範囲にありますが、物質ですから、この肉体も物質の範囲にありますので、身体を使うこともチャクラは1,2,3が大いに関係があります。

 

そして氣をつけたいのは、哲学的、思考過多、悩むこと、なども身体は使いませんし、また、ヒーリング、レイキ、瞑想、なども身体を使わないので、それだけだと、バランスがどんどん崩れていく可能性があります。

この3次元の現実で肉体で生きている以上は、下から3つのチャクラを活性化して、その上で、第4チャクラ以上も活性化するのが一番バランスが取れる方法です。

また、第1,2,3チャクラは、物質世界ですから、お金というのも大いに関係のあるお話です。

 

とここまで書いたのですが、

今日は、薪割りとか草刈りとかその他諸々外作業で、肉体メインで1日を過ごしていたので、文章も降りてきませんね。滑舌悪い感じです。笑

ブログなどの文章を書くときは、第7チャクラをパカっと開けて置く必要があるので、肉体労働した後には、なんだか閃きが降りてきませんね〜。苦笑

今日はお風呂に入って寝ることにします。笑!

バランスバランス。

 

またね♪

 

 

ピースガーデン
ピースガーデン

先週は、ピースガーデンでの、1週間のプチ移住体験がありました♪

薪割り体験、畑体験、アメちゃんの散歩に行ったり、BBQあり、料理作ったり、パン教室も開催!と盛りだくさんなピースガーデンでの移住体験の1週間でした。

楽しい時間はあっという間で、3日しか経っていないような氣もするね??と言いなが氣づけば、もう1週間後の帰る日。早いなぁ〜。後半はお天気にも恵まれて、畑仕事も捗りました。(今回は、開墾作業でしたが。笑)

前回のアルクトゥールスの記事から随分と時間が経っていて、まるで宇宙時間を彷徨っていたかのようです。苦笑

浦島太郎の話は、あれはまさに宇宙時間から、地球時間に戻ってきた時のお話ですね。

DIY 壁

実は、今回毎度のことですが、バタバタとやることに追われる中での来客でした。musuhiの方に泊まっていただくことになっていたのですが、まぁ〜そちらがまだ手を付けられていなくて、急遽、ピースガーデンの某所に壁とドアを作って、スタッフ部屋を作りました。写真は、牢屋じゃないよ。(笑)このあと、石膏ボードを打ち付けたりして、完成したのですが、そのまま入居となりましたので、完成写真撮る時間がなかったのです。移住者が来る当日完成。始めたのは前の日の午後。また降臨系でのお志事でした。石膏ボードだけは購入しましたが、やっぱり敷地内の廃材で作っておりますので、制作費は2000円くらい。

1Fの個室部屋は、昨年ゲストが泊まっていました。今年も長期滞在したい方はいるかな?(その方は、めでたく今年、中富良野住民になりましたね!)

何気に、中富良野町の人口増加に貢献している私たちなのですね。笑

みんなで撮った写真は、また改めて♪

 

私は、身体を使ったら、今度はまた数字と向き合っております。バランス良いね?笑

薪割りだって、春から準備ですから♪

夜な夜なキッチン
夜な夜なキッチン

 

写真は、musuhiでの夜ご飯のメニュー開発。

まだまだ、片付けもあるし、色々まだだけど、気持ち先行しております!!!