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qimono / Pixabay

もう10年近く前の話になりますが、亀仙人みたいなエロ〜い気功師に呼ばれたことがあり、エロいとは知らずに興味本位で会いに行った事があります。

どうやら、その方は、とあるヒーラーの会員名簿(レイキです)を手にして、女性ヒーラーを自宅兼サロンに呼び寄せていたらしく、後々問題になっていました。

中国で医療気功師として活躍されていたらしく、免状なども貼ってありましたが、最近は、身体を壊して、女性週刊誌などの後の広告などにあるような、

昔でいえば、陰陽師(といっても安倍晴明クラスの話ではなく下級生レベルの話)のようなお仕事をされていると言っていました。

その内容は、因縁やさんみたいなかんじで、

 

・あの人とあの人を別れさせてくれ。それ、叶えます。

・あの人と恋仲にしてくれ。それ、叶えます。

というお仕事でした。この世の中にはいろんな人がいますね。。。

その気功師さん、たくさん申込者がいるそうで、お金も良いと言ってましたよ。

 

でも、そんなことは可能なの?

 

ずばり、あの気功師さんレベルなら可能でしょうね。というか、別段気功師じゃなくたって、生まれつき念が強い人は沢山いますから、強く願えばたいていうまくいくんじゃないでしょうか?

 

ほんと??

では、上に貼った写真をみてください。

水面に落ちた一滴の水が、その人の意識、思考、念です。

その波紋が広がっていきますよね。波動の世界はこんな感じなのです。その一滴の意識、感情、思考、念、意志などが大きければ大きいほどに、波紋は大きく、強く広がっていきます。その波紋は人の無意識に働きかけます。(人は意識が先で、行動が後についてくる生き物です。)

しかし、その波動の波紋には臨界点があるようで、お風呂の縁にぶつかって戻ってくる水のように、自分の方へ帰ってきます。これがいわゆる因果応報。

だから、その亀仙人みたいな方、再起不能な怪我をしていました。そういったことは、中国の医療気功ではお勉強しないのかどうかは私は知らないのですが、その数年後に出会ったこれまた亀仙人みたいな気功師さんは、病気は治せるようで評価が高かったですが、話の内容が自分の自慢話(過去の栄光)ばかりでした。

大正時代に、こういった自然療法がまだ日本にたくさんあって、気功師さんも多い中、精神性を大切にすることをもっとも重要視したレイキ療法の開祖、臼井先生の教えというのは、他との大きな違いだった、というのはレイキ実践者の学ぶところですね。もちろん、禮楽氣療講座でも、一番大事にしています。

 

じゃあ、その「別れさせ屋」が、念を使って別れさせようとすると、送られた方には、どう影響するのかをお話します。

 

例えば、

二人の仲睦まじい素敵な幸せな若いカップルがいたとします。

その親が結婚に大反対、いつかあの子はもっといい人に出会って、良い結婚をするはず、本人の意志を無視して、子供のための願いとは思えない、いわゆる親の都合で考えていたとします。ここに、強い思い、感情が入ると、それが念となります。

また、人それぞれ、持って生まれたエネルギーの強さが違いますので、ちょこっと思っただけで、強い念になってしまう人がいるのも事実です。

さて、その念の波紋はどのように広がっていくでしょうか?

目標は「別れさせる」ですから、それに沿って、様々な人々へ影響が及びます。(送られた本人に限らず、他人も含みます)もちろん、仲睦まじかった二人に、ちょっとしたイザコザが発生もするでしょう。二人の間に、別の人間が現れて氣を引くでしょう。動物や近所の人も巻き込んで、どうやってもその「別れさせる」を実現化しようと動きます。

その念に気づける人以外、みんな、動かされている自覚はありません。見えない波動の波紋に流され、思考や行動がコントロールされているだけの話なのです。

そこで、念に負けず、今起きている状況が「念」によるものだと氣づけたら、その二人は、さらなる愛を確かめあい、絆が深くなるので、その別れさせ屋は失敗に終わるでしょう。

しかし、人間はもろいものです。感情的にもなります。別れさせ屋の力が勝ってしまえば、、、結果は、みなさんのご想像、お察しのとおりです。

 

しかし、念を送った本人には因果応報が待っています。これは避けられません。その昔、政治の世界に拝み屋、念仏屋、行者、陰陽師などが駆り出されていた時代、あの大名を「殺」しろと命令された行者は、その因果応報を知っていますので、

まず、家族と縁を切り、死を覚悟してひとり洞窟で念を送りました。そうです、因果応報は自分だけに帰ってくるわけではありません。別れさせ屋の念が、様々な人へ波紋として広がったのと同じく、自分は跳ね返せてもそれは家族へ広がっていくのですから。尋常じゃない命令なんです。だから、家族を守るために縁を切って、洞窟へこもるのです。自分の死と交換です。

エネルギーの世界は、遊びじゃありません、スピリチュアルを「流行り」と簡単に考えていたら痛い目にあいますので、これからの時代はしっかりとした指導者が必要だと思います。今後ますます、見えない世界への扉は一般公開され、それこそ波紋は広がっていくでしょうから。

私も数人知っています。恨み続けた相手が原因不明の「死」を迎えてしまった。という人を。驚く話でもありません。人間は怖い。思考や感情をコントロールできない生き物ですから、何も知らずにそんなことをしていたら、そうなるでしょう。その方の因果応報の話は、、割愛します。。

 

また、親子のエネルギーは、とっても近いものがありますので、親が心配をしていると、その子は絶対に成功しませんし、本当の意味で幸せになれません。

心配というのは、良くみえて、本当に悪いエネルギーになります。あなたのことを思って〜、心配してるのに〜、と相手のことを思っている顔をして、めちゃくちゃ奈落の底へ叩き落とすようなエネルギーです。

心配をするという事は、「あなたは出来ない子なんだから」、と決めつけているわけですから、それは当然出来るようにはなりにくい。

いやだって〜、できないから心配しているのよ。と言われるかもしれませんが、実は見えない自分の意識の波紋を相手に送り、相手を出来なくしているのは、自分自身かもしれない、という波動の罠です。(笑)講座でもこのあたりはうるさく言う私ですね。苦笑

見えない世界は、この世の常識は通用しませんから。

 

本当に、相手のことを思いやっている人は、

「あなたは大丈夫」そうやって信じてあげます。

 

心配というのは、心配をしている子など、相手に何か嫌なことが起きたときに、自分が嫌な思いをするのが嫌なだけの話です。自分のことしか考えていません。

何か起きても、どんなときでも信じてあげる、受け入れてあげる、それが本当の「愛」かと思います。

 

ふぅ〜常々、良い波紋を出して生きていきたいものです。

 

波紋:思考、感情、意志、心、念、などなど。

 

さて、

今日は、どんな波紋を広げましたか?

 

因果応報のスピードも早まる昨今の地球でございます。

 

ありがとうございました。

jill111 / Pixabay

Happy Birthday! 祝福されて生まれてきたみなさんおめでとう!!

いろんな天体の動きや月の満ち欠け、地球の流れいろんなタイミングがある中で、生まれてきた私達。誕生日があります。

昔の人は誕生日がなかったりするかもしれませんが、それでも魂はしっている自分の生まれ持ったタイミング。感覚が研ぎ澄まされていれば、自分の誕生日を知る必要もなく自分の役割を感じ取ることも出来るでしょう。

様々な人間関係の中において、自分の立ち位置を知る人もいるでしょう。マヤ暦や数秘術や占星術をつかって導き出すのも方法ですね。

たまに、いろんな占いやリーディングを受けたけれど、結局腑に落ちない、何をして生きていったら良いかわからない!という声も聞きます。

 

そんなとき、木脇先生ならなんと言うか?笑

「何もしなくていいよ。毎日を大切に生きてください。」とだけ言うでしょう。

木脇先生なら、なんと言うかな?というのは、これはですね、私も迷ったときに、使うんです。

「はい?」って感じると思うのですが、

人は、単なる入れ子ですので、様々なエネルギーと繋がることができます。小難しいことを書いているときは、それは私の自我ではありません。自動書記的に書かされているだけのことです。

普段は、息をしているただの人間の事が多いので、突然いろんなことをふられても何も思い浮かびません。(苦笑)根っからの憑依体質ですが、日々を良い状態で過ごしていると、良いエネルギーや高尚な方が私を使ってくださるので、ありがたい話です。

私の自我が、迷い出すと、サヤカセンセが言ったんです。「木脇先生に聞いたら?」って(爆笑)なるほどね〜と、言われた通り、私の自我ではなく木脇先生に聞いてみたら、すんなり答えをもらえました。

講座のときは、もちろん木脇先生の出番ですから、いいこというのですが、普段の私はボケーってしてるかもしれないし、おちゃらけています。笑

とはいえ、そんな木脇先生と自我は、随分近くなってきているので、いつか完全に同化出来る日もくるのかもしれませんね。ただ、もう真面目一徹、修行僧の全然面白みのない人間になりそうだから、抵抗しています。(苦笑)一緒に飲んでいるときの私が好き!〜とか言ってくれる仲間もいることだし〜まだ42才だからもう少し遊びたいと思っています。(笑)まぁそれは流れにままに。

 

さて、話を先程の「与えられた役割に出会う方法」に戻して、

毎日を大切に生きましょう。という答えですが、そうなんですよね、それができなければ何も始まらないのです、役割以前の話。

何かの物事を成し遂げることより前に、一つ一つの動作、所作を大切にしたり、歩く姿勢を大切にしたり、車に乗って左右確認する自分に氣づいていたり、大切にすることは、たくさんあります。ただ呼吸をしていることや座って記事を読んでいる自分を大切にしたり、

また、

呼吸を一括りにしないで、

「吐く」を大切にして

「吸う」を大切にして

 

と、一日に何回呼吸するか、人それぞれだと思いますが、ぜひ実践してみてほしいことです。脳にアルファー波やシータ波が生み出されて、大きな氣づきを自分の中から引き出すことが出来るようになります。

これもマインドフルネスやヴィパッサナーの効果になりますね。

 

誕生日の話といえば、面白いお話をひとつ。

私の誕生日は、1月17日なのですが、旧暦だと何日なんだろう?と思って調べてみたらですね、旧暦だと、12月17日でした。

ほ〜。日にちは変わらないものなの? と思って、

サヤカセンセはどうかしら?2月6日だから〜と、みてみたら、

なんと!!

12月17日!!

同じ????って、そりゃあ確かにツインだと思っていたけれど。

 

え、じゃあ、ワケちゃんは??

3月1日だから〜〜〜調べたら、

 

なぁ〜んと!!!

 

1月17日。

 

それは私の誕生日と同じじゃないですか!!!

 

どうりでどうりでどうりで。

ワケちゃんには、2目(ふため。笑)で声をかけたんです。うち(ピースガーデン)で過ごさない?って。ピピピ!と来るものが合ってね。

すぐに「イェス!」となったワケちゃんも凄いよね。福井県からよ。

最近、3人で歩いていると、兄弟?姉妹?なんて言われることもしばしば。

これは仕方ありませんね。苦笑

3本の矢でございます。

ここへあと2本の矢が加わるようです。

楽しみですね〜。

 

どんどん広がる輪〜!!

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

ありがとうございました。

 

 

 

 

今日は時折風のある真っ直ぐな雨が降り続いている中富良野です。こういう雨の日は静かに仕事に集中出来るので好きです。

お天気が良いと、みんなザワザワとしていますので、共感者の私としては常にいろんな影響をモロに受けますので、しなくても良いことまでしてしまいがち。または、「それ今じゃなくても良いよね?」的なことまでフルスピードで行いがちに。。。

共感者とは、チャクラでいうと第四チャクラであるハートチャクラと関係がありますので、このチャクラが活性化しすぎていると、様々なエネルギーに影響されます。

人の感情はもちろんのこと、人の意識エネルギーや不調や思考までが見えて来ます。だから人嫌いの人が多いはず。もちろん私も自分のエネルギーのことを知り、ある程度コントロール出来るようになるまでは、人嫌いでした。

なぜ嫌いになるかというと、相手の考えていることや感じていることが「分かる」からです。顔は笑っていても心で怒っていたり、良い言葉を羅列していても中身は嘘ばっかりだったり、そういうことが「分かる」というのは、人間関係を構築するのは難しいものです。

とかく若い頃は、「妥協」や「許し」なんてものとは無縁でしょうから、良い意味でも良くない意味でも「大人」になってくると、少し生きやすくなることもあるでしょう。

相手の言っていることが、有言不実行、嘘、偽り、だったとしても「まぁ、そんなこともあるよね、所詮人間だし」と何処かで諦めのようなものを覚えて行くのかもしれません。苦笑

竹を割ったような性格である私は、この「諦め」を手にするまで時間がかかりましたが、今でも偽りを抱えた人間関係なら、そんなものいらん。と思っているのでした。笑

 

この共感力は、そのままだと非常に人間関係において生きにくいのですが、これをギフトに変えるには、カウンセリングやヒーリングの世界がとても良いです。悩み迷う人の心を読み取って、伝えて上げられるから。

だから、ヒーラーにはハートチャクラが開いている人が多く、無意識に自分が生きる場所を知っているのだと思います。

 

ただ、この共感力は、時に一緒に沈む船に乗り込んでしまうこともあるので氣をつけたいところ。

ハートチャクラを開いたり、閉じたりする方法を学ばなければ、相手の闇に飲まれる可能性があります。そんな時に大事になってくるのが、舵取りの役目をしている、第123のチャクラです。飲まれてしまっても大きな渦から抜け出すには、第1チャクラのパワーが必要なのです。(nuku-nuku氣療法は、その部分を特に強化・活性化します。)

 

また、日常において、共感者は、氣づいたら相手の人生を生きていた!なんてことにもなり兼ねないので、常に心のヴィパッサナーやマインドフルネスで生きることが必要になってきます。

 

相手の人生を生きる?? そんなことが本当に起きるの?なんて思うかもしれませんが、この世の中、思考も共有しています。エネルギーのことをお勉強していないと、全く信じられない世界かもしれませんが、講座ではこのことを例をとってわかりやすく説明しています。すると、え〜!!これもあれも〜!!なんて驚愕する方もいますが、いかに私たち人間が、人類皆兄弟の世界で生きているか納得していただけるようです。笑

思考の共有?冗談じゃない!なんて思うこともあるかもしれませんが、それは変えられない事実なので、良い方向に利用する方法を伝授します。考え方次第で物事は「陰陽」どちらにも動きます。全ては自分の意識次第ですから。

 

その思考や感情の共有は、人間だけじゃありませんよ。

うちには、アメリ(アメちゃん)という犬がいますが、これが犬らしくない犬で、アメちゃんを知っている人は、人間が中に入っている!と噂されるほど。笑

今時は、室内犬は特にだと思いますが、犬だって、思考も感情も豊か。後ろからなんだかそわそわしたエネルギーを感じるかと思えば、「ジーーーーーーーーっ」と念を送ってくるのが得意なアメちゃんです。外行きたい、とかなんかおやつくれ。ですけどね。

ある日のこと。無性に(この無性に、というのは他から飛んで来ているエネルギーが殆どですので覚えておいてください。必要だったら利用していこう)、白くて一口サイズのような肉?が食べたいような氣がしたんです。

無性に食欲が湧いて、スーパーに行き、その白くて一口サイズのような肉らしいものは一体なんだろう??と考えたら餃子か!!!と自分の食べたいものが分かった!!と嬉しくなって、みよしの餃子(北海道ご当地!)を買って帰り、作って食べたのですが、なんだか、まだ満たされない何かがあります。

んー??なんか変。お腹いっぱい。食べたかったもののはず。でも何かまだ食べたい。おかしい。おかしい。なんかおかしい。

ふと、アメリに目をやると、何かを訴えているような。。。

 

もしや????あめりの念か!?

 

考えてみると、アメちゃんに時々、鶏肉を買って小さく切って茹でてあげていた時期があり、最近それをあげていないことに氣づきました。(アメリが好きなもの)

確かめるために、もう一度スーパーへ行ってアメリ用の鶏肉を買い、茹でてあげてみたところ、私の中にあった白い小さな肉?食べたいと思っていた気持ちが全くなくなり、消え去りました。残ったのは、餃子を食べた後の行者ニンニクの香り。。。

要するに、私は別段食べたくなかったのですが、受け取ったしまった念を自分のものと感じ取ってしまい、結局満たされない思いはアメリのものだった。。。というオチというか検証結果。(振り返ると、ベジタリアンだった私がアメちゃんを飼うようになって、肉を料理するようになり、今では普通に。。それはそれでよしとしてるけど。。)

 

犬を例に出しましたが、これを私は、人の念でも何度も何度もやってしまっているのです。。。人生を無駄にしたとは思いませんが、共感者である自分を嫌になってしまう瞬間でもあります。。。(苦笑)送って来た念達者本人には、自覚はありませんし、まして自分の念(意識・思考も)が、周りの人にどれだけ影響を与えているか、そんなことは学校でも教わりませんから。。。

ちなみに、「念」は、相手を病気にしたりすることも可能です。肉体的な病気・怪我、心のうつ病なども可能です。

これって、もらった方だけ、損をする氣もするのですが、世界は因果応報ですから、昔のように敵討ちや仕返しなんて考える必要もなく、どこかからか、その人が発したエネルギーのお返しは、ちゃんとその人に多方面から自然に帰ってくるものです。

ですから、受けた念も感謝して、ギフトに変えちゃう方が、自己成長に繋がり、いつかそれが人の役にたちますから、大丈夫。

自分の人生が良いことが多いなら、過去にたくさん良い思考や感情や言葉のエネルギーや行動を発したものが、帰って来ただけ。

自分の人生が不運なら、過去に良くない思考や感情や言葉や行動が、帰って来ただけ。

 

さて、「自分の未来は、今この瞬間次第」あなたならどんな未来を選びますか?

 

締めがテーマとずれましたが、共感者だけに起きることではなく、

エネルギーの大小はあるけれど、共感力はみんなが持っています。

 

今日、アメちゃんに肉を買おうと思います。。

 

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下記の記事の追記です。

あなたも私もバランサー。人が集まれば起きるバランスの法則、LGBTのこともvo.1

突然の宿題をすみません。禮楽氣療講座でも、突然、みんなに聞くだけではなく質問を飛ばしてしまうので、みんなを「はっ!」と驚かせてしまう、そんなお茶目な私です。(自分で言うな!笑コラッ)

 

一昨日まで、6月上旬にはありえない30度近い北海道の蒸し暑さ。

そして今日は7度。風邪なんて引きません。nuku-nuku氣療法がありますから(^0^)v。でもあまりの寒さに息切れして、記事を書いている途中で薪ストーブに火を入れに行ったのでした。

 

さて、陰陽・バランスの検証の続きといきましょう。

 

陰:疲れている人

陽:元気な人

 

と、なります。さぁ、この陰陽エネルギーは、どのように人間、現実に作用するでしょうか?ヒーラーとして、お仕事として成立させたい方は必見ですよ?。笑

長くなったので、皆さんに宿題とします。笑

ここからの続きになりますが、このページから見た方は、理解を深めるために下記の記事を読んでくださいね♫

あなたも私もバランサー。人が集まれば起きるバランスの法則、LGBTのことも。vo1

 

一人完結陰陽統合ハイブリット人間の私が(長いって)、一人だとバランスが調整されていますが、ここへ別のエネルギー(人)が関わるとどうなるのか?

と言うお話の続きでもありますが、陰陽のお話を「女・男」から、「疲れている人・元氣な人」に変えて説明してみます。

 

人がバランスが取れている状態だと、海でいえば凪のような状態です。すごく疲れてもいないけど、すごく元氣でもない、中庸であり、凪のように穏やかな状態。

すごい元氣って、良さそうに聞こえるけれど、エネルギー的には「陽」に傾いているので、本当は良くありません。何かしらの陰のエネルギーでバランスを取らないと、有限の氣を使いすぎてしまいます。氣功的に言うと生命を使い果たしてしまう可能性もあります。(簡単に言うと、早死にすると言われているのです。)

※シンプルに「元氣」は必要です。「元」の「氣」ですからね。

もちろん、陰に傾いて、疲れている状態が良くないのは言うまでもないですね。体温も下がるし、気力体力減退、免疫低下、病気を引き寄せます。

 

ヒーラーとしてお仕事を成立したい方へ、ヒントです。ヒーラーとは疲れた人を癒す人のこと。「陰」に傾いてしまった疲れた人がクライアントになるわけですから、陰陽の法則で言えば、自分の「陽」の氣を強く出せるようにすれば良い、となります。シンプルに言えばそう言うことになります。

クライアントさんが「陰」なのですから、自分が「陽」であれば、自然とクライアントさんからのご予約が発生するわけですが、注意点は、そのクライアントさんの「陰」に、飲まれないようにする必要があるし、相手の氣を陰から陽へ導く必要がありますし、良いヒーリングを行うには、一旦お互いのエネルギーを混ぜ合わせる必要が出てくるので、ヒーラーの日々の浄化と自己鍛錬は必須となってきますのでご注意を。

もう一つ、ヒントを残しておきます。「レイキの氣、個性があります。自分のレイキの氣、陰陽どっちだと思いますか?」レイキやっている人がみんな同じエネルギーを出していると思ったら、それは大間違いなので知っておくと良いでしょう。

癒しの世界を単なるビジネスとして見て欲しくないので、これ以上は悪用されないように、書きません。本氣な方は、禮楽氣療法講座の受講をお勧めします。エネルギーは遊びで関わると痛い目に合いますから、ヒーラーさんを守るためにも。

 

では、このエネルギーの関係や影響を、普通の人間関係に置き換えて見ます。

例えば、家族。

家族のうち、誰か一人が、凄くストレスを抱えていたり、凄く疲れていたり、そのエネルギー不足や陰に傾いた状態が、どのようにバランスをとるのかと言いますと、

他の家族が、そのバランサーの役割を担います。まるで中和されるかのように、エネルギーがあるところ(人)から、ないところ(人)へ動きます。

「疲れていた人は、元氣になり」、「元氣だった人は、少し疲れます」

家族の一人が病気になり、介護をしていた他の家族も倒れてしまった、という話がよくありますが、それはそういったエネルギーの動きによるものも多いのです。

じゃあ、どうやって氣を補えば良いの?という疑問が湧いています。だって疲れた人をいつまでも自分の有限の氣で補っていたら、いつかは尽きるでしょう?

人間の氣は有限。使えば無くなる有限の氣。

無限の氣はないの?フリーエネルギーはないの?

あります、あります、ないと思わされているだけのことなんです。

実は、自然、地球、宇宙には、無限の氣が溢れているのです。それを取り込んで氣を補充して、相手に渡す。これがレイキであり、気功で言えば大周天。

そして、nukunuku氣療法です。

無限の氣を使うには、技術が必要で練習や鍛錬も必要です。(レイキは修行がいらないと言いますが、それは 初級レベル程度で良い なら、の話です。)※私のお志事は、その無限の氣を最大限に利用する方法を伝授することになります。

 

先日、ピースガーデンも参加したパンとスイーツのイベントがありました。今、パンとカフェはサヤカセンセとわけちゃんにお任せしているのですが、この日は私も脇役としてお手伝い。

二人とも夜中に起きて、仕込みをしています。

興味深いことに、2日間殆ど寝てないのでは?というサヤカセンセが、凄く元気なのに、脇役である私が、ドドドド〜っと疲れているのです。笑

おかしいですね?大したことしてないし、私は寝てるのに。でもエネルギーの仕組みはこんな感じです。

私たちは、パートナーですから、エネルギーは常に循環していますので、どちらか一方が疲れてエネルギー不足になると、自然と、バランスを保とうと元氣な方から流れていきます。エネルギーは常に多いところから少ないところへ、高いところから低いところへ、水と同じ働きを持っているのです。

 

そこへ、人間の思考やいらぬ感情が入るとこうなります。

「何もしてないのに、疲れておかしいよ、もっと手伝えよー」とか「みんな頑張っているのに、手伝える元気がなくて自己嫌悪ー」とか、そういうやつ。笑

でも実は、一人がみんなのために、みんなが一人のために、エネルギーは常に流動しているのです。

 

だからね、言ってみれば、

何もしてなくても元氣であれば、人の役に立っている。ということなんです。

 

目に見える世界だけを大事にしていると、感謝を忘れてしまいがち。現実的、物質的に何かを成し遂げなくたっていいんです。生きているだけで誰かの役に立てるのですから。

ただ、生きているだけ、というのは語弊がありますね。

元氣で、という条件が付いています。

これは逆バージョンを考えてみるとわかります。弱っていると常に誰かから元氣をもらう役割になってしまうので、常に誰かに与えてもらっている存在です。この状態がそのまま続くと、負のスパイラルにハマります。

家族だけではありません、会社、仲間、同じ意識のグループ、など、

そして大事なこと。エネルギーには距離は関係ありませんので、遠くにいようが、地球の裏側いようが、そのエネルギーの循環は必ず起きるのです。

 

また、与えたものが大きくなって帰ってくるというエネルギーの法則があります。「何」で帰ってくるかは、自分の望み次第ですが、いつも元氣を保ち、見えないエネルギーの世界で、弱っているところへ氣を与えている人は、自己管理を怠らず良い思考や良い感情で生きていると良いものが、何処かからか帰ってきます。(気をつけたいのは、よくない思考や欲だらけだと、良くないものを引き寄せてしまいますので気をつけて)

 

弱っている人はよく口にします。「私ばっかり運が悪い」「損ばかりする」など、それは当然のことでもあります。なぜなら、弱っているということは、距離も関係なく誰かから「与えられて」いて、「与えていない」おまけに「感謝もしていない」のですから、良いものが帰ってくる法則が働きませんので、運気が下がる、損をするのは当然のことなのです。

 

ここでいう「弱っている」=「陰に傾く」とは、どういうことか考えてみます。

病気、ストレス、自分に嘘をついている、イライラ、怒りや不満を抱えている、人生をつまらないと感じている、生きる喜び、働く喜びが湧かない。など、書いているとキリがありませんが、これって、現代社会のことですよね。苦笑

私?どれにも当てはまりません。常に今が最高です。昔からそうだったわけではもちろんありませんよ。苦悩やストレスばかりの時代だってありました。でも苦労して、修行を重ねて、いまがあります。その集大成がnukunukuや禮楽氣療講座です。悩める現代人のために構築した講座なのです。

 

さて、長くなりました。

あなたも私もバランサー。その意味が伝わったでしょうか?

そして、どのような人間として生きたいか、何か心にうかんだでしょうか?

 

与える人になって、運気を上げたい?

与えられるままで、運気を下げたい?

 

与える人になって、運気を上げたい人は、私のところに来てくださいまし。共に学びましょう。禮楽氣療講座は、本氣の方の為にあります。

もし、暗い闇の中にいるなら、その人生は180度変わりますよ。かつての私がそうだったように。

 

うん、待ってるから。^^

 

 

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「陰陽」とは、陰と陽の量が同じで一つになっているということですが、他の言葉で言い換えれば、「バランス」が取れている状態ということです。

または、シーソーや秤が、真ん中にある状態のこと。

この地球上の全てが、陰陽、バランスで出来ていますので、この星で生きる私たち人間にももちろん関係のある話になります。

例えば、陰陽を男女にあてはめると、

陰:女

陽:男

になります。

男女が一緒になるのは、単なる陰陽の法則になりません。自然の摂理です。

 

ですが、

陰陽、バランスは、

そんなに単純明快ではありませんので、もう少し詳しくみていきます。

 

まず、「陰」である女性の内側には、男性性があります。

そして、「陽」である男性の内側には、女性性があります。

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この画像は、TAOの教えの陰陽図になりますが、白と黒の陰陽図のそれぞれの中に「○」があります。これは、その「陰の中に陽が存在」し、「陽の中に陰が存在」していることを表しています。

ですので、男でも女でも、それぞれに陰陽両方が存在するのです。

だから、男らしい女性もいれば、女々しい男性も存在するわけですね。

内側にある性質は、軸になるものですから、本来、男性性を内側の軸に持つ、女性の方が強いのです。

小さい子供も、男の子の方が病気に弱いとも言うし、痛みにも男性が弱い。とも言いますよね。それは、そういった本質からくるものなので、不思議ではありません。

この世の中、社会は、男性が優勢なものになってきましたが、それは、表面の強さを誇示しているにだけのように感じます。内側の本当の強さを持っているのは、やはり女性なのです。エネルギー的に見ていくとそれは明確です。家庭でも結局のところ、実権を握るのは奥さんでしょうし。笑

何を隠そう全ての生き物は、女性から生まれていると言う事実。

母強しです。それも母なる大地「地球」と言う星の法則に則っていると言うこと。

 

話を人間の陰陽に戻して、頭を柔らかくして、陰陽の中に陰陽があると考えれば、性やセクシュアリティーは多様であるはずです。

身体が男性だから、女性と一緒になる。そんな単純な話では終わらなくなります。それは「誰か」が決めた「ルール」だと言うだけのこと。

 

「誰か」のルールに従うのは、自然の摂理に反しています。

自然の摂理に従うのが、人間の生き方のはず。

 

心の目でよ〜く見渡してみると、おかしなことばかり。例えば、ある一定の動物が増えたから駆除する。増やした原因を作ったのは間違いなく人間のエゴなのに。

自然界にはバランスしか存在しません。何かが無くなり、バランスが崩れたから何かを増やしているだけのこと。

少子化対策?森を破壊し農薬で地を汚し、染み込む雨水は、浄化されずに大気に上がり、雨となり私たちに降り注ぐ、川から海に流れて、魚になって食卓へ。自然破壊の地球全体を見て資源はどのくらい残っているでしょうか?自然の動物も植物も、日本ではニュースにならないところで大量に死滅しています。全体的な量を減らしているとしか思えない状況です。人間だって地球で生きる哺乳類。人間だけが高尚な生き物と考えるのはどんなものでしょうか?動植物がいなくなったら、人間は食べるものがなくなります。

私たちが、自然災害と呼ぶものは、地球のバランス回復の動きに他なりません。

 

また、自然界には、メスがオスになったりする生物もいるし、オス同士、メス同士がカップルになる動物もいます。私にはそれが単なるバランスの法則に見えるのです。これ以上増えたら困るとなれば、自然と子作りをしないで全体のバランスをとっているだけのことではないだろうか?と思います。

陰陽、バランスの地球という星で生活する以上、それは自然のことだと思います。私のように、男性性と女性性を両方自覚して、真ん中の中性で生きて、一人で「陰陽統合」もいいですよ。社会的には面倒なこともあるけれど、別段、男にも女にもこだわる必要もないと、楽です。(笑)面白いことに、そんな風に生きていると同じような人が集まってきて、仲間もパートナーもいる。けれどみんなしっかり中性で自立型の新種ハイブリッド人間。(笑)

究極、「男、女、LGBT(ゲイ・レズビアン・バイセクシャル・トランスジェンダーの略)」正直めんどくさいし、そんな枠組み、どうでも良いんです。

「私」は「私」だから。笑

 

陰陽、バランスの法則を「男女」という小さなことに焦点を当ててしまったので、話が小さくなりましたが、もっと大きな視点で見ていきたいと思います。

 

長い前置きになってしまった、一人陰陽統合「中性」ハイブリッド人間の「私」を例にとって話をしてみます。(笑)

 

中性であるということは、私の中でバランスが取れていて、居心地が良いということなのですが、これは、私が一人でいる場合の話になります。

まず、私は中性で居心地が良いので、「男性性や女性性が強い、男性や女性」の側にいると、私のバランスが崩れて、調子が悪くなります。

ここから見えないエネルギーや氣の話になりますが、陰陽はエネルギー、氣でもありますので、私の陰陽エネルギーは中性のエネルギー・氣で出来ているということです。

氣は循環し、人に会えば、氣が相手に流入したり、流出したりします。ですから、男性性や女性性が強い人に会うと、そのエネルギーが私の中に流入し、私の陰陽バランスが崩れて、調子を崩すわけですね。

私にも苦手なタイプがあって、人がどうのこうの、性格がどうのこうの、という問題ではなく、エネルギーだけのこと。誰も悪くなくて、バランスが崩れる。というだけのことなのです。

でも心配は無用で、自然と、私の周りには同じエネルギーを持った人たちが集まります。これも陰陽の法則です。

男性性が強い人には、女性性が強い人が惹かれ合う、中性には中性が。全てが陰陽エネルギーの成せる技、単純明快。

 

ではここまでを踏まえて、別の例にて、陰陽・バランスの検証です。

 

陰:疲れている人

陽:元気な人

 

と、なります。さぁ、この陰陽エネルギーは、どのように人間、現実に作用するでしょうか?ヒーラーとして、お仕事として成立させたい方は必見ですよ。笑

長くなったので、皆さんに宿題とします。笑

 

ヒント

陰:疲れている人、暗い、日陰、月、土、静、冬

陽:元気な人、明るい、日向、太陽、動、夏

 

では、また後ほど、??

 

続きは、こちらです。

あなたも私もバランサー。人が集まれば起きるバランスの法則、vo.2 (生きているだけでも人の役に立てる方法)

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6月に入り益々、時が経つのが早い今日この頃です。どうやら年齢と共に早く感じる時間の感覚だけではなく、地球全体のスピードが上がっているようでもあります。なぜなら、若い人たちも早い!って言っていたから。(そこ?笑)

 

冗談はさておき、時間というのは、幻みたいなもので、楽しいことは時間が経つのが早いし、楽しくないことは、時間は遅く感じられる。同じ1時間でも、同じ一生でも、楽しく生きれば、あっという間に過ぎ去り、制限だらけで生きていたら、この苦痛は永遠に続くのかと苦悩するのでしょう。

「太く短く生きる。」生きる楽しみを人生の時間に目一杯詰め込んで、「じゃ!次の世界に行ってきます!」と言って、ささっと今生を卒業する。そこまでのことを思っていたかどうかは分かりませんが、有言実行した私の父の命日が今月あります。

私が、東京を出るきっかけになったことや、中富良野に移住したきっかけにもなっています。思い返せば、レイキの講師になったきっかけでもあるのでした。

すべての出来事は、青写真だったり、宇宙の完璧なタイミングでおきます。その時間軸は人間の念では、力及びません。海の潮の満ち引き、満月や新月によって地球や自然、はたまた人間の感情すらもその通りに動いていくのと何ら変わらず。死のタイミングすら完璧なのだと思います。

 

そんな人間には力及ばないこの地球上で「結局、生きるってなに?」と、儚い疑問を持ったとしても、その答えは人間には出せないのかもしれません。ましてこの作られた社会には答えはないでしょう。

答えは、「自然」という「地球の動き」、「星などの宇宙の動き」にあります。人間の頭でははるか及ばない壮大な答えがあるかもしれませんが、私たち人間がこの地球上で生きる意味を見出すには、「流れに沿う」しかありません。

沿うものは、社会のルールでもなく、エゴや自我からくる欲望の渦でもなく、

自然や地球や宇宙の流れ、それに沿うのです。

自然や地球や宇宙の流れについては、みんなそれぞれの魂が「魂の望み・喜び」として知っています。(無視して生きることが一般的になっている世の中だけど...)

そして、いつか私たちは、その全てを地球にお返しして、次の世界へ旅たつ時がきます。そう言った意味ではすべてが借り物です。

自分のものなんて、結局は一つもありません。所有欲を満たしてくれるものはこの世にたくさんありますが、そのどれも一緒に持ち出せないのです。今生を卒業するときは、全部置いてゆきます。この肉体さえも。

そう、この肉体さえも、借り物なのです。

誰かに借りたものは、ありがたく感謝して、大事に使ってお返ししますよね?(そうしない人もいるかも?。ごめんそれはもう論外。笑)

それと同じように、この肉体も日々感謝して借りて、いたわり、癒して、大切にして、綺麗なまま御返ししたいものです。その為には、日々を大切に生きる必要があります。瞬間瞬間を大切にして、「今に生きて」いると、自分を労わる気持ちも湧いてきて、同時にその労りは周りの人へも広がっていきます。

これはマインドフルネスやヴィパッサナーの瞑想で目指す境地でもあります。

自分を労れる人が、人を労わることが出来る。自分を癒せる人が人を癒せる。自分の心や身体のこと、病気や不調の原因に自覚のないまたは責任がないヒーラーとか、ありえないでしょう?苦笑

この社会でいう、金も名誉も成功も、物も土地も、そして、肉体も、更に言えば大切な人さえも、すべて置いて行くことになるのですから、

日々借りている全てのものに、感謝して大切に生きたいと思います。

生きることは借りること。

ちょっとオーバーな表現かもしれませんが、今日はこんなところで。

 

個人的なことを言えば、父が今生を卒業したタイミングは、ある宇宙のミッションタイミングと合致していて、数年ごとにそのタイミングで変化がおきます。最近、また始まった感が半端なくて、日々興味深い今日この頃。

日々、淡々と自分に与えられた役割に、出来る範囲で精一杯取り組み、不平不満を言わず、感謝して生きる。そうすると、あとは自動操縦。オートマチックライフ。

ま、時折、ご愛嬌程度に、不満も言いたくなりますけど。笑!

そんなときは、氣付きのレッスン。

人生は、氣づき学びの連続。

今日も一日よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

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世の中、断捨離流行りではありますが(もう世の中の流行りは終わった?)、断捨離するべきは、「物」だけではないですよ。

昨日の主権を取り戻す、自分軸という話にも繋がりますが、スピードと情報過多の時代ですから、必要なものを必要なだけ、にしておかないと、やっぱり流されてしまいます。

必要なものを必要なだけ、その自分の分量を知るためにもやはり、自分軸がないと難しいですね。基準が他人にあっては、自分がどれだけ必要なのかを、自分を見て判断するのではなく、他人と比べて判断してしまうでしょうから。

情報といえば、若者者のSNS疲れ、とはよく言われますが、そろそろ大人だって疲れているのでは??

SNSは、いろんな人と繋がって楽しいですが、いいね!の数とか、友達何人?というのも本当は、みんな心の奥では、日常生活より大切だなんて思ってないと思うのですが、他人目線で生きてしまうと、いいね!がいっぱいついたから良いとか、フォロワーいっぱいいるから凄いってなってしまうかもしれません。(それ凄いの?ある意味凄いね)

SNSも良い方向へ使えれば良いですが、時間があれば開いてしまう麻薬のような作用がありますね。人間は刺激を求めるものです。動きのある変化というものは、自分の身に起きたり、目の前で起きるのは怖いのですが、スマホの中で起きることなら、興味があります。覗いてみたいんです。

それは、TVのゴシップニュースや週刊誌が好きな人の心理と同じです。自分の目の前の生活や人生に満足している人は、他人のゴシップなんて全く興味が出ません。ドラマにも別段興味を持ちません。なぜなら、自分の人生そのものがドラマですから、いつも自分が主人公のように繰り広げられる人生の方がよっぽどドラマティックで面白いんです。

でも、SNSは、人間の弱いところを上手に突いてきます。人間も動物も動きのあるものを追う性質(自分を守る行為)がありますので、「つい、見てしまうもの」なのです。そして時間を浪費します。また、「リア充」UPによって、競争意識にも火を付けてしまい、他人と比べることが始まります。

一つお勉強です。「人を羨ましいと思う気持ち」これは、「怒り」の分類ですので、お忘れなく。あの人は良いよね〜恵まれてるし〜?なんて思ってしまうのは、自分の生活において、大切に生きていない証拠で、感謝が足りない状態。心の中で「怒り」が湧いているのです。そうやって、お釈迦様が心を科学してくれています。

 

お話が飛びましたが、そのようなことを続けているとどうなるのか?というお話をエネルギー的に考えてみます。

 

そのように情報をin,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜としていると、

 

変な表現すみません(笑)、いわゆる外から入ってくる情報を入れるという意味です。それは、SNSだけじゃないですよね、垂れ流しのTVだったり、勝手に流れてるCMだったり、時間の無駄のネットサーフィンだったり、暇つぶしの動画だったり、噂話など、要するに「見たり、聞いたりするもののことです。」

 

それら全部、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜と、自分の中に入ってくるわけです。情報というエネルギーとして。家の中が物でいっぱい!!!と同じことで、脳が雑念だらけになります。そして、不浄も溜まります。

 

怖いことに、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜ばかりだと、

自分の創造性が奪われます。

私は、数秘術でいうと「3」を持っているのですが、3は、クリエイティブ、創造、というも意味がありますので大切にしています。だから、創造性・クリエイティビティが失われる!となると、怖いわ〜って感じます。笑

 

こういった文章を書くときにも、創造性は必要になってくるので、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜していると、生まれないんです。文章すらも。。

 

だから、という言う言い方も変かもしれませんが、自己表現をしたり、自分軸で生きるには、情報の断捨離も必要になってきます。(物の断捨離が既に終わっている人。まずは物からね。)

 

インプットばかりしていると、それは癖になるでしょうから、

アウトプットである、自己表現が難しくなると思います。

 

まずは、in,in,in,in,in,in,in,in,in,in,〜〜〜〜を控えることからやめてみましょう。

自分から、欲しい情報を取りに行くようにするのです。

正直にいうけれど、私なんて見た目は柔らかいようですが、中身はバッサリな人だから、FBなど、情報が殆どの誰のも上がってこないようになっています。酷い人でごめんね。(苦笑)

でもそれを酷い人と呼ぶのか、シンプルな生き方と呼ぶのか?

昔はさ、あの人どうしているかなぁ?って思って手紙書いたり、電話したり、自分から情報を摂取していたでしょう?それで良いじゃない。って思います。

必要な情報があったり、氣になる、事や人がいたときに、

「in」しようぜ。

 

 

食べ過ぎたら胃が満タンになるのと同じで、エネルギーを入れる器は、限りがあるのです。

 

不要なエネルギーでいっぱいにしないで、取捨選択しながら、in,in,〜

 

 

そして、アウトプットしながら自己表現していきましょう!!!

 

 

今日はこれから、法務局とか役所とか、お使いとか、行ってきます!!

皆様も良い一日を過ごしくださいませ♫

 

ありがとうございました。

 

 

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人生について考えることはありますか?持って生まれた自分の役割について考えることはありますか?それともただただ流されるままに生きていますか?

どんな人間にも、持って生まれた役割があります。その役割を果たしながら淡々と生きることが、人生だと思います。

昨日の呼吸講座で、余談として、いまみんな草取りに忙しいので〜というお話から、雑草として嫌われているであろう「スギナ」の話になりました。

人間が、勝手な都合で決めている「雑草」であるスギナだって、とっても重要な役割がありますよ。なぜなら、スギナは、酸性に傾く土壌を中和する役目があるのですから。

日本は、酸性の雨が降るのでどうしても土が酸性に傾きます。土壌の酸性を吸い取って中和する役目のある「スギナ」は、他の芽を抑えて、優勢になって、生えてくるんです。人間に嫌われていても彼らはその場で、淡々と役割を果たしているだけのこと。

スギナにだって、重要な役目があるのですから、どんな人間だって、役目があっておかしくありませんよね。例えが極端ですか?いえ、私はそんなことは無いと思います。

 

人間界はアベコベですから、例えば、TVに出ている芸能人や役人だけが役割があると思ったりしていませんか?カルマ的に言えば、芸能界は深い闇の過去性もありますし、批判になってしまいますが、全ての役人が、役人としての真っ当な役割を果たしているかどうかは疑問に感じます。

そんな目に見える、派手な役割なんてものは、魂レベルでいえば、どうでもよいレベルです。カルマの解消に過ぎません。

勘違いしてはいけません。派手な役割は必要ありません。私たちそれぞれが果たすべき役割は、自分自身を知って、主権を取り戻して自分軸で生きる。それだけでいいのです。

 

でも、そんなことは、学校でも殆どの家庭でも教わりません。いかに、周りに合わせるか、既存の社会のルールに沿って生きるか、自分らしさ?そんな金にならないものは必要ない。といった感じに。。。

 

自分らしさに、現代人が氣づくためには、眠っている、眠らされている魂や心を起こす必要があります。目を覚ます必要があります。私は目をみれば魂が眠っているかどうは分かりますが、この社会において、会う人会う人に向かって「眠ってますね?」などとは、私は言えませんし、聞かれてもいないのに、言う必要はないと思っているので黙っています。

目を覚ましたい人は、自ら禮楽氣療の門を叩いてくるのです。人にはそれぞれタイミングがあると思います。

 

あなたは、自分の人生を生きていますか?

他人の人生を生きていませんか?

第3チャクラが弱いと、主権を明け渡し、他人の人生を生きるようになります。親の敷いたレールが、必ずしも自分の人生とは限らないし、相手の男性、または女性が正しいとも限らない、周りが良いと思っていることを自分は嫌なのに、やってしまったりと、どんどん軸が弱くなります。

また、幼少期に形成されるはずの第3チャクラですが、その当時に寂しさやトラウマになるようなことがあると、チャクラは傷つき詰まり、大人になってもバランスを崩したままになります。

自分の意見を言えない、自分に自信がないなどの症状や、胃腸が弱くなったりもします。(他にも目に見える症状はたくさんあります。)

他人に褒められることや、他人に認められることだけに意識を置いていると、自分の心を忘れてしまいます。基準がいつも他人なのですから、それは当然のことです。自分の心を忘れてしまうと、目が眠っているようになるのです。起きてるけれど、眠っているのです。

でも眠りたくなる気持ちは、分かります。なぜなら眠っている世界で起きているのは、実はとても生きにくいものですから。ロボットのように、誰かが作った基準に従順に生きていると、その「誰か基準」を否定されると自分が無くなってしまいます。だから、起きている人間への攻撃が始まります。みんな自分が無くなるのが怖いのです。それがたとえ他人基準で生きている本当の自分ではないとしても、です。

 

また、その恐怖心(怒りも含む)に打ち勝つには、「無条件の愛」しかありません。無条件の愛はどこにあるのか?それは人間の領域ではなく、自然、宇宙、の領域にありますので、その自然や宇宙のエネルギーを人間界に降ろしてくると、その恐怖心を消し去ることが出来ます。

たとえば、ヒーラーとして役目を担った人の目指すところですが、直接や遠隔ヒーリングをすることだけではなく、ヒーラーが24時間そのエネルギーとひびき合いながら生きることでもそれが可能になります。(目を覚まして、常に本来の自分で生きると言うこと)そういった人間になれたら、生きているだけで、地域や社会を変えるエネルギーを自然と放出して、全てに癒しが起きてきます。

 

話は変わりますが、今、北海道は運動会シーズンですが、私は運動会が大嫌いでした。なぜなら、なぜ友人たちと競わなければいけないのか、意味が分からなかったわけです。勝った、負けた?勝ったから偉いの?負けたから悪いの?なぜ、そんなくだらないことで競う必要があるの?そうやって競争意識を持たせるのが、目的なのでしょうが、無邪気な子供心に、大人たちはなんて悪魔的なことを教え混むのだろう。。とその先の自分が出て行くであろう、大人の世界に地獄絵図を想像したものでした。そういった事がらからも自分の主権や軸はどんどん弱くなってしまうのです。

この社会はトラップだらけ?です。

でも否定だけをしていても始まらないので、トラップと知って、沿っていくだけでもまずは良いと思います。そのうち、そのトラップは、自分の心の反映だと言うことが見えてきますので。

そこまできたら、もうあと一歩。

 

 

今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いんだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。(若い頃に、ヤダァ〜!って強く思ったら、その場所が火事になりました。4回目は全焼してしまいました...。)

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。(自分に言ってます、はい。)

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。

 

考えてみれば、この社会は、我慢や制限ばかり。

生まれた時は、「自由」で、「100%あるがままの姿」だったのに、家庭環境や学校や社会のルールを強制され、それができなければ、「駄目人間」のレッテルを貼られ、個性も無くなり、自分を見失っていく。

感じる右脳を抑えて、思考を働かせて左脳優先になっていき、生きていくには、自分の魂の表現を無視して、現状やこの社会のルールに従うしかないと思い込んでいく。

生まれた時は、「100%で自由であるがままの姿」だったのに。

 

とはいうものの。。。。

 

実は。。。(見方を変えると、)

生まれたその時から、自由を奪われ、制限から始まっているのです。

 

生まれる前、私たちが魂という、肉体のないエネルギーだった時、私たちは、本当の意味で、自由でした。愛と調和に包まれた、100%あるがままでした。

この地球という物質世界に降りてくると、肉体という物質に入るわけですから。そこでもうすでに制限がかけられます。

私が一度、臨死体験をして、至福の愛と自由を経験した後、肉体に戻された時、生きるというのは、なんて苦しいことで、狭くて暗いんだっ!!感じました。

この地球という星は、重力があり、また物質世界であるという時点で制限の星みたいなものだと思います。

違う星から来た私の魂は、重力のある地球に住む、人間という物質に入って、この地球でミッションをコンプリートさせるべく自ら選んで来た戦士みたいなものです。

魂の目的は、皆それぞれ違いますが、私の元で学びを進める方々は、きっと同じミッションを持っているのだと感じます。

もちろんそれぞれ、私も含め、自己の魂の成長とともに。

違う見方をすれば、この星は、監獄みたいな感じもします。足かせをつけられ、自由を奪われた中で、何をして生きていくのか、考えてみたら氣が遠くなりますが、でもそんな中だからこそ、学びは深められる、という考え方もありますね。

 

また、ひょっとすると、その「我慢や制限」を経験しにきたのかもしれません。3次元世界を興味本位で見にきた魂だっていますから。

 

このお話、今日はまた後で書きます。

自分が書こうと思ってたことが、途中から降臨系になってしまったので、本題からずれています。苦笑

午前の用事を済ませたら、また後ほど♫

 

みなさま、今日も良い一日をお過ごしくださいませ。

 

追記:

昨日は、用事から戻って書く時間が取れなかったので結局今日になってしまいました。楽しみにしていてくれた方々お待たせしました。

私が書こうと思っていた本題の「我慢・制限について」というのは、もっと現実的でリアルなお話で、現実的にやくにたつかな?という内容だったのですが、途中で何故か、降臨系の自動書記に入ってしまいました。苦笑

 

なので、頑張って、波動を3次元に合わせて書いてみます。(笑)

我慢や制限が、目の前の現実化にどのように働くか、という例を出してみます。

ある日のこと。

ピースガーデンの店頭に並んでいる「とあるパン」が、とても食べたいなぁって思ったのです。

食べたいなあと感じたのは、「右脳」です。右脳は魂、自然、宇宙と繋がっています。

でもその後すぐに、左脳が反応しました。

「でも私が先に買ってしまったら、せっかく来てくれたお客様に悪いなぁ。。だってこんなに美味しそうなんだから、食べてもらいたいし!」

左脳は、もっともらしいを言って、人の為に、と思わせて右脳を優先してくれません。

このような左脳の働きは人によります。育った環境にも要因があります。私は長女ですから、お姉ちゃんなんだから我慢しなさい、って言われて育っているので完全なるクセや思考のパターンです。

よく、長女の生まれ同士で話が盛り上がるアルアル話です。でも次女や末っ子は多分「お姉ちゃんばっかり!」とか長男長女と比べられて育っているでしょうから、うまく自分を発揮できずにいるクセやパターンがある人もいると思います。

だから、どっちが得かなんて話ではないのですが、自分の育った環境での自分のクセやパターンを見つけて、変換していくと生きやすくなることは間違いないでしょう。

 

話がずれましたが、そう、私が左脳の働きによって、「とあるパン」を我慢したのです。「もしもお客様が買わなくて、残っていたら買おうっと♪」(これも左脳)そう自分の中で我慢や制限を正当化しました。

 

すると、どうでしょう。

 

その「とあるパン」は、本当にお店が終わっても残っていました。

 

わ〜い。??????

 

それって喜んでいいこと???

 

いいわけないじゃないですかね、だってパンが売れ残ったということですよね。

私が「残ったら買おう」思った思考が現実化しただけの話なのです。

 

作っているサヤカセンセとスタッフわけちゃんにもその話をしました。「ちょっと〜!!お願いだから食べてくださいヨォ〜!!」って笑っていましたけど、

みんな、一斉に「あ!」っていう顔をしたんです。

もしかして、コーヒーゼリーも我慢してませんか?あ、あのデザートは??

「え、、、、あ、、、、その。。。ごめんなぁ〜〜〜い!!! 」

 

もうお分かりでしょうか。。。そうなんです。その両方とも私思ったのです、あ、これ味見してみたいなぁ、とか肉体労働の後にあのクレメダンジュ美味しそうだなぁとか、思ったのをちゃんと覚えております。。はい。。でもその時にちゃんと思いましました。(笑)「私が食べてしまったら、せっかく二人がお客様の為に作ったんだから、私が1つ頼んで食べたら、また作らせてしまうから、我慢しようっ♫」この♫マークが私が自分で我慢することは良いことだと思っている証拠です。「ガマンできる子、私エラーい」幼少期のパターンです。はい。苦笑

 

そんな話をお店が終わった後に、みんなで反省会(いえ、私の反省会です。笑)。

懇願されました。お願いだから我慢しないでください!!って。爆笑

「ボスが一番やっちゃいけないやつぅー!!!だってエネルギー強いだから!!」スタッフわけちゃん

 

そうでした!。エネルギーの強さがそんなところにまで、少量でも影響してしまう自分を忘れていました。まさか、そんなところにまで。。。

 

人それぞれ、エネルギーの強さは色々ですが、大なり小なり、そんな我慢や制限が、目の前の現実に作用して、上手くいったり、いかなかったりしています。

これも自分の思考を常に捉えていくことで、見つけることができる現実化ですので、ぜひ感情や思考、心の動きをしっかりと把握していきましょうね。

 

次の日、

「ボスの分のコーヒーゼリー作っておきましたから、食べてくださいね」ワケchan。

と私の分のコーヒーゼリーが、別容器で用意されていました。笑

 

私は、良いスタッフに恵まれているなぁ〜♫

 

そんなオチで、今日はこれから、町の講座、「氣と呼吸のエクササイズ」があるので、講師業行って参ります!!

 

みなさまも良い1日をお過ごしくださいませ♫

ありがとうございました。